プラスチックに挑む

 徒手空拳。
 のような気がするけれど、もしかしたらこれで世界は変わる。
 そんなふうに思わせてくれる話です。海のプラスチック汚染をどうにかしようと、オランダのひとりの青年が立ちあがりました。スウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんもすごいけれど、これはまた別のすごさです(Reducing Plastic Pollution in Our Oceans Is Simpler Than You Think. By Boyan Slat. May 25, 2023. The New York Times)。

 ボヤン・スラートさん。オランダの非営利団体、オーシャン・クリーンナップ(The Ocean Cleanup)の代表です。
 スラートさんは数年前、ギリシャにスキューバ・ダイビングに行ったとき、「魚よりプラスチックのほうが多い」のにショックを受けました。プラスチック汚染は海のエコシステムに致命的な被害を及ぼし、魚を食べる地球上の30億の人びとの健康も害している。しかも年々深刻になっている。これをどうすればいいか。

ボヤン・スラートさん
(写真はすべてThe Ocean Cleanup提供)

 スラートさんのすばらしさは、目の前の問題に真正面から向かったことです。
 プラスチックについて、多くの活動家はリサイクルを進めようとか使用や生産を規制しようと、長期的、根本的な対策に向かいます。でも「いまそこにあるプラスチック」をどうするか。スラートさんは目の前の海に浮かんでいるプラスチックを取り除こうとしました。いましなければ海洋汚染は取り返しがつかなくなるから。
 ふつうは、そんなのむりでしょとあきらめる。でもやってしまった。組織を作り、寄付を集め、船を建造して海に乗り出す。2隻の船で長いネットを引っ張り、そのなかにプラスチックを回収します。試行錯誤をくり返しながら。

 遠くからは何も見えない海も、ネットですくうと驚くほどの量のプラスチックが回収される。写真を見た人のなかには、ウソだろ、ヤラセだという人がいるほど、大量のプラスチックが回収されました。それを陸に上げ、リサイクルに回す。

 いまスラートさんたちが力を入れているのは、河川のプラスチック回収です。
 海洋に放出されるプラスチックのほとんどは川から流れこむ。世界には主要河川が10万ほどあるけれど、海洋プラスチックの80%はそのうちの1千の川から流れ出ます。だったらそこに網を張れば、もっとも効率的に海洋プラスチックを減らすことができる。そう考えて、スラートさんたちはアジアや中南米の河川で回収作業を進めています。グアテマラのモンタグア川では、3週間で272トンのプラスチックを回収しました。これはフランス全土から海に流れ出るプラスチックの1年分にも相当するそうです。
 徒手空拳ではない。すばらしい実績です。
(2023年6月2日)