メイブン計画

 現実が平和を過去のものにしている。
 突然意味不明のことを言い出すようですが、ウクライナ戦争をずっと見つづけていると、日本の反戦平和論が現実との接点を失っているかに思えてきます。ニューヨーク・タイムズで安全保障を担当する重鎮、デビッド・サンガー記者の記事を読んで思いました(In Ukraine, New American Technology Won the Day. Until It Was Overwhelmed. By David Sanger. April 23, 2024. The New York Times)。

 政権の中枢を取材するサンガー記者は、アメリカ軍の進めるメイブン計画(Project Maven)について書いています。これはかんたんにいえばAIで戦争を進めようとする戦略です。
 メイブン計画は、もともとは戦場で敵をみつけ、攻撃するためにAIをどう活用するかの研究でした。6年前、巨大企業グーグルに発注されたけれど、戦争に協力するなんてとんでもないと現場が反対し、一度は挫折。それを別の民間企業、パランティール社が代わって引き受けました。

ロシアの爆撃で破壊されたウクライナの学校
(Credit: State Emergency Service of Ukraine, Openverse)

 メイブンは、戦場で起きるさまざまな動きを可視化する。敵味方の人員、車両などすべての動きをリアルタイムで1枚の映像にするイメージでしょうか。2021年、米軍がアフガニスタンから撤退する際の大混乱から活用されています。
 2022年、ウクライナで戦争がはじまり、メイブンは実戦に投入されました。
 といっても前線で活用されたわけではない。ウクライナから千キロ以上離れたヨーロッパの「ピット」と呼ばれる極秘の地下壕で、米英軍とウクライナ軍の担当者がメイブンの画像を見つづけました。前線の敵味方の配置、動きのすべては膨大な情報量で、人間は全容を把握できない。それを途切れることなく可視化し、ウクライナ軍に伝えることで、ロシア軍攻撃に効果を発揮したとされます。

ウクライナ軍のドローン
(Credit: Aerorozvidkais, Openverse)

 メイブンは米軍が「アルゴリズム戦争」とよぶ戦略の基部をなしている。開発に深く関わった元グーグル社の幹部、エリック・シュミットさんは、戦争はAIによってますます自動化されるといいます。
「武力の使用にあたって人間の判断をどう担保するか、重大な倫理問題がある」
 戦場ではドローンがますます重要な攻撃力になる。そのドローンはAIで自動化され、いずれ編隊を組んで自律的に行動するようになるだろう。そこで行われる情報処理の量、速さに人間は追いつけない。人間の判断はどこにあるのか。ロシアや中国は倫理なんて考えもしない。自動化戦争の末には恐ろしいものがあるのではないか。

 核兵器の開発がかぎりなく進んだように、戦争の自動化も止めようもなく進むでしょう。
 人間の最低限の倫理はどこにあるのか、ないのか。その確保には、何を、どうすればいいのか。戦争論と平和論のあいだにもし接点があるなら、そこではないかという気がします。
(2024年4月30日)