供給過剰ではないか

 子どもたちは“過剰な精神保健”にさらされていないか。
 イギリスの研究者が警告しています。
 学校でなにかちょっとした事件や事故があると、すぐ「子どもたちの心のケアを」といわれる。心のケアって、そんなに即座にかんたんにできるのか。かねてからの疑問がふくれあがります(Are We Talking Too Much About Mental Health? May 6, 2024. The New York Times)。

 問題を提起したのはオクスフォード大学の心理学者グループです。彼らはイギリスで若者たちを対象に行われた大規模な精神保健プログラム、ミリアド(MYRIAD, My Resilience in Adolescence)を検討し、期待された結果がえられなかったばかりか、一部参加者にはむしろ悪影響があったといいます。

 ミリアドはティーンエイジャーのうつや不安、自殺への対策として、瞑想(マインドフルネス)や認知行動療法、対話行動療法などを取り入れ、2022年までの8年間にイギリスの若者2万8千人が受講しました。その結果はさんたんたるもので、科学的に意味のある結論に達しなかったと、オクスフォード大学のルーシー・ファルクス博士はまとめています。

 ファルクス博士らは、オーストラリアで行われたおなじような精神保健プログラムも検証し、これらのプログラムは「ティーンエイジャーは弱く問題があるから、専門家に解決してもらわなければならないというイメージを作っている」と指摘する。問題はティーンエイジャーよりむしろプログラムそのものではないか。だから将来、きちんとした研究がまとまるまで学校での大規模な精神保健上の取り組みには慎重でなければならないと主張します。
「最初からやり直せというのではない、立ち止まろうということだ。よかれと思ってしていることがやりすぎになっているということでもある」
 よかれのやりすぎ、これをファルクス博士は「供給過剰」ということばでくくっています。

 プログラムを進めている人びとは承服できないでしょう。
 過剰ではなく不足なのだ。自殺、うつ、不安は深刻になるばかり、学校の精神保健プログラムには大きな意味がある。
 一方で、「供給過剰」に共鳴する関係者も少なくない。じっぱひとからげにマインドフルネスなんていってもだめでしょ。精神保健って、教室で生徒が一斉に学ぶようなもんじゃない。うつに気をつけようといえばいうほど、若者はうつになる。

 学校が進めている精神保健プログラムには多々問題がある。子どもたちだってそこは敏感に気づいている。ファルクス博士たちがいうように、「専門家が解決する」アプローチではうまくいかない。当事者の子どもに合わせて、おとなが、専門家が変わる、そういうしくみが必要なんだろうと、イギリスから出てきた声を聞いて思いました。
(2024年5月15日)