南フランスの風

 浦河でしてきたことが、新しいことばで語られる。
 北海道浦河町で先週開かれた「北海道精神科リハビリテーション研究会」の基調講演を聞いて思いました。

 基調講演を行った京都大学の松本卓也さんは、この100年の精神科の歴史をじつにきれいにまとめています。こんなに見通しが開けたのははじめてで、そうか、そういうことだったのかと、ぼくは精神科についての断片的な知識を、みごとにすっきりまとめてもらった気分でした。

 あっと思ったのは、近代の精神医療に真の転換をもたらしたのはイタリアでもイギリスでもなく、南フランスのサンタルバン病院だったことです。松本さんはそんな解釈はしていないというかもしれないけれど、ぼくはそう受け止めました。サンタルバン病院についてはぼくも最近このブログで書きましたが(8月7日)、鍵となるのはそこで深化した「制度的精神療法」という概念です。

北海道精神科リハビリテーション研究会・抄録集

 制度的精神療法は、患者ではなく制度を治療しようという考え方です。
 20世紀のはじめのサンバルタン病院で、そしていまはサンタルバン病院を受けつぐ中部フランスのラ・ボルド病院で、精神科医や哲学者は「患者を治療する」のではなく、制度、すなわち「病院」を治療する道を模索した。精神医療の大転換です。

 そうした南フランスの流れから見れば、イタリアで起きた精神病院の廃止は方向がちがっています。病院をなくして患者を地域に送り出しても、地域が受け入れなければ患者は暮らせない。地域を変えるか病院を変えるかといったら、そりゃあ病院を変えるほうが実現的だ、だから「制度的精神療法」だったのだと松本さんは指摘します。
 制度的精神療法は、反精神医学ではない。病院の必要性を認め、そこを当事者中心の場に作り変えようとします。当時もいまも、精神科の主流になっていないとはいえ。
 ぼくは思いました。それって、浦河のことじゃないかと。

 浦河では、“治さない医者”の川村敏明先医師とその仲間が、赤十字病院の精神科を廃止しました。町に出た患者は、必要があれば(めったにないけれど)ほかの町の精神科に入院する。診療所やスタッフの支援を受け、地域で暮らしながら、彼らは当事者として自分たち自身の生き方を模索します。それはずっと「制度的精神療法」が求めてきたのとおなじことでした。そんな名前があるなんて、浦河では誰も知らなかったけれど。

 患者、当事者の前に開けるのは、精神障害とともに生きる「少数者」としての生き方だという議論も、研究会で聞かれました。
 制度の治療、「半」精神医学の模索、少数者としての当事者。
 じつに刺激的な議論が、研究会には多々あったと思います。
(2024年10月29日)