ニューヨーク州でオオカミが見つかったそうです。オオカミはカナダや五大湖地方だけでなく、北東部にも進出しはじめている。歓迎と警戒、さまざまな議論がはじまるでしょう(How Mistaken Identity and One Bullet Revealed a Star Predator Far From Home. July 7, 2023. The New York Times)。
このオオカミを見つけたのはニューヨーク州のハンター、B・クライストマンさんです。2021年12月、山にシカを射ちに行ってオオカミをしとめました。
なんでシカを射つはずがオオカミを射ったのか。ここがおもしろいのですが、クライストマンさんはもともとオス鹿を狩ろうとしていた。そのため、メス鹿の毛皮をかぶって銃を構えていたら、その自分をじっと見つめる「コヨーテ」に気がついたそうです。危ない、狙われていると思い、この「コヨーテ」を射った。それがオオカミだったということらしい。
でもオオカミをコヨーテとまちがえるなんて素人でしょ、と思ったけれど、ここには結構ややこしい話があります。
「イヌ科の動物の遺伝学は、複雑でわかりづらいんですよ」
イヌ科の研究者、プリンストン大学のブリジット・フォンホルド教授はいいます。
コヨーテもオオカミも飼い犬も、おなじイヌ科で交雑ができる。だからコヨーテにはもともとオオカミの血が結構混じっている。
実際、クライストマンさんの射った「コヨーテ」も、州の簡易鑑定でDNAの60%がオオカミの遺伝子だったため、規定でコヨーテと判定されたそうです。それが、後にフォンホルド教授らの精密な鑑定で99%オオカミとされ、コヨーテの判定がくつがえりました。
ニューヨーク州ではオオカミ猟は禁止されているけれど、コヨーテは狩猟期間内なら射殺できる。だからクライストマンさんは結局「まちがってオオカミを射ってしまった」ことになりました。
ま、ニューヨークにオオカミがいるとは誰も思わないから、誤射しても無理はない。
一方、この一件で地元の自然保護運動はがぜん元気づいているようです。ついに“あこがれのオオカミ”が地元にやって来た、自分たちの町の裏にオオカミがいるなんて、なんてすてきなことか。さあ、オオカミ保護運動をはじめよう、と意気込んでいる。
そういう「自然保護」が大きらいな保守派は、オオカミなんてどんどん殺して皮にしてしまえというだろうから、やがてあれこれのいさかいがはじまるでしょう。
専門家によれば、今回見つかったのは、たまたま遠出した“一匹オオカミ”らしく、繁殖活動ができる群れ(パック)の一員ではない。オオカミが群れとなってニューヨークに移動し定着するまでには、まだもう少し年月がかかるでしょう。
それにしても、楽しみな展開です。
(2023年8月1日)