地域の精神障害者・4

 ホームレスの精神障害者をどうすればいいか。
 これは極端な状況を論じているようでいて、ぼくらの社会をどうつくるかの日常に直結するテーマです。障害者や外国籍の人びと、マイノリティ、とくに「問題とされる人」とどうかかわるか、彼らを隔離するのか、隠すのか、共生をはかるのか。ぼくにとってワールドカップよりずっと引きこまれる議論なのです。

 ニューヨークのアダムス市長が、ホームレスの精神障害者を強制的に入院させると発表したことは、さまざまな議論になりました。そのなかでとくに印象的だったのは現場の救急医療スタッフの知と力です(I’m an N.Y.C. Paramedic. I’ve Never Witnessed a Mental Health Crisis Like This One. By Anthony Almojera, Dec. 7, 2022, The New York Times)。

 ニューヨーク消防局で緊急医療チームの副隊長であるアンソニー・アルモエラさんは、自分たちは毎日400件以上、“EDP通報”を受けるといいます。EDP(emotionally disturbed persons=情動混乱者)とは路上で混乱や興奮状態にある精神障害者のことで、その通報は増えつづけ、10年前の倍以上。出動をくり返す緊急医療チームは消耗が激しく、離職者、自殺者があいついで崩壊寸前だと訴えます。
 苦労して彼らを病院に連れていっても、病床はない。患者はサンドイッチを渡され、数時間後に病院を追い出されるだけ。薬物中毒者は救急キットを渡されるけれど、路上に帰ってから渡された救急薬を飲むかどうかは誰も見ていない。
 何も解決しない。おなじことのくり返し。

 警察は介入したがらない。そもそも彼らには精神障害についての知識がない。だから緊急医療チームがするしかない。アルモエラさんは、自分たちこそが精神障害者とかかわることのできる存在だという矜持をもって、こういいます。
・・・強制は本人を傷つける。救急医療隊と患者のあいだに欠かせないのは信頼だ。それがなければ自分たちは患者に語りかけることができない。身体に触れることも、緊急の注射をすることもできない。彼らを縛って救急車に乗せれば、そこで信頼は壊れてしまう・・・
 信頼がなければ、どんな救急も治療もできない。アルモエラさんのなかにあるこの感覚は、自分自身がホームレスだった経験からきています。

 ぼくはアルモエラさんのこのオピニオンを読んで考えました。失礼ながら、一救急隊員とはいえ彼のいうことは多くの大学教授や精神科医よりもずっと迫真の力がある。それは何よりも彼の、路上にいる精神障害者への共感からくるのではないか。彼はおなじ地平で彼らと向き合っている。それは日本では救急隊だけでなく、多くの精神医療の分野で希薄な感覚ではないだろうか。そんなことを考えました。
(2022年12月9日)