新しい遺産

 芝生をやめよう、というアメリカの環境運動を何度か紹介しました。芝生は大量の水を必要とし、肥料や除草剤もいる。それに芝刈りの騒音と大気汚染、とてもサステナブルじゃない。だのにやめようという人がほとんどいない。青々ときれいに刈り込まれた芝生は、ゆたかさと上流の象徴だからです。
 でもカナダのバンクーバーでは、芝生離れが市の政策になりました。町のあちこちで茶色く枯れた芝生が広がっている。住民がそれを求めました。さすがカナダ(Why Vancouver is letting go of green lawns. Sept. 6, 2023. BBC)。

バンクーバー(Credit: Ted’s photos, Openverse)

「すばらしき緑のオアシス」といわれるバンクーバーは、雪山を背景に緑の芝生が広がる観光地です。そのバンクーバーが、ことしから芝生への散水を禁止しました。原因は水不足です。34か所ある貯水池のうちの23か所で、水量が最低レベルにまで減った。このため、庭の散水を含む使用制限が出されました。
 住宅街はどこも芝が枯れ、茶色い庭が広がっている。でも文句をいう人はほとんどいない。ここ数年、バンクーバーでもひどい山火事や熱波に襲われるようになり、誰もが気候変動の影響を実感しているからです。持続可能な環境のために水の制限は当然、芝生が枯れるのはしかたがないと受け止めています。

 公共施設もおなじです。山火事の防止や歴史的樹木の保護など、やむをえない場合を除き、市内に250か所ある公園のすべてで、芝生への散水や噴水が止められました。観光地として有名なスタンレー公園をはじめ、絵葉書に出てくる風景もあちこちが茶色に変わっている。でも観光客は減っていないと、観光産業で働くスザンヌ・バイデノストさんはいいます。
「みんな、バンクーバーが以前とおなじじゃいけないとわかってきたからだと思う」
 反対の人もいます。規則に反して芝生の散水をつづけ、警告された人が5月からの4か月間で682人、うち479人に250から500カナダドルの違反切符が切られました。その数を見ると、反対は少数派にとどまっている。

 青々とした芝生は、かつてステータス・シンボルでした。それがいまは無責任、ムダ使い、自分勝手のシンボルとも見られている。そういう変化を反映し、バンクーバーではことし、いくつかの地域で「みっともない芝生」を競うコンテストが行われたそうです。1番になった人には150ドルの商品券も贈られた。市民は景観の変化をなげくのではなく、むしろ新しい暮らしのあり方と捉え楽しんでいるらしい。

 バンクーバーの変化はことしだけではなく、ずっとつづくだろうと市の公園担当者、アミート・ガンダさんはいいます。
「われわれはバンクーバーの遺産を守りたいんです」
 遺産とは、夏に茶色くなる芝生の風景です。
(2023年9月13日)