浦河を遠く離れて

 あたしのグチ、聞いてくれますか?
 ランチの席で唐突にZさんが尋ねてきました。北海道浦河町の精神科でたくさんの仲間を作った人です。いまは東京で子育て支援の活動などをしているらしい。
 いいよ、そのあとでぼくのグチも聞いてもらうから。
 最近あちこちでいわれるんです。浦河でやってる当事者研究とか支援とかですよね、「ああ、あれ、知ってます、本読んだことある、わかります」って、みんないうんです。でも、ちがう。話せば話すほど、ちがうんだなって思うことが多くて。
 わかるなあ、それ。かみ合わないんだよね。
 結局、みんな答えを求めちゃう。解決することに一生懸命で。
 答えじゃないんだよね。支援に、あらかじめ答えなんてあるわけないし。
 だけど結論がないとおさまらない。なんとかしなきゃ、みたいな。だからズレちゃう。

浦河ひがし町診療所(北海道浦河町、6月)

 Yさんも、話に割り込んできました。やはり浦河で経験を積んだ人です。
 あたしも最近、支援とか勉強させられてるんだけど、なんかちがうんだよね。現場の人に話聞くと、相手に「なめられちゃいけない」なんていうんだ。なめられちゃいけないって、どういうことなんだろ。
 しっかりしなきゃいけない、っていうのかな。問題あったら乗り越えなきゃ。でも、そういうんじゃない、問題は解決するんじゃなくて、大事にしなきゃ。

 3人がそれぞれにこぼしたグチは、東京や横浜では「浦河」が通じないことでした。
 みんなが理解しているという浦河は、ぼくら3人が浸っていた浦河とはちがう。それは、どこでどうちがってしまったのか。どうして東京や横浜で、ぼくらはこうもズレるんだろう。
 やっぱり浦河って、本読んだり話聞いたりしただけじゃわかんないんだろうね。
 そこにいないと。現場でないとわかんないかもしれない、あの感じ。
 しっかりしてないのがいいんだ。どうしようって頭抱えてるのが。

 浦河を遠く離れて、だいぶ時間がたち、いつのまにかぼくらは孤立している。
 東京や横浜にいながら、3人がお互いに感じているのはそんなことでした。でもそれは誰にも話せない。話してもわかってもらえない。魂の渇きにも似た思いが、そこにはあったかもしれません。お互いせきを切ったようにグチをこぼしあい、こういう会話に飢えてたんだなとふり返ります。

 答えを求めるのではなく、考え、悩みつづける。そこでときどき、思いがけずに目の前が開けることもある。浦河でぼくらが過ごしたのは、そんなふうな時間だった。いま、まわりにはどこにも浦河的なものがない。
 そんなグチをこぼしあったランチを、いまもよく思い返しています。
(2024年7月24日)