産後精神症による「殺人」の裁判が難航しています。
かんたんに無罪の結論が出ると期待していたら、そうはならない。
やっぱり精神症に強い偏見があって有罪とみる陪審員が多いのかと思ったら、どうもそうではないらしい。ひとりの頑迷な陪審員がいて評決が出せないそうです。精神症への偏見というよりアメリカ陪審制度の落とし穴でしょうか(Lindsay Clancy Trial: Defense Blames Single Juror for Deadlock. Sept. 3, 2026. The New York Times)。

マサチューセッツ州で開かれているこの裁判は、2023年、産後精神症で3人の子を絞殺したリンゼイ・クランシーさん36歳を、殺人罪に問えるかどうかを審理しています。
検察側は、クランシーさんは冷静で計画的な殺人を行ったから殺人罪に問えるといい、弁護側は、クランシーさんは産後精神症で正常な思考も判断もできなかったから無罪と主張しています。
精神症は心神喪失をもたらしたのか、そうではなかったのか。
検察と弁護人の議論は先週までに終わり、裁判は陪審員12人の評決に任されました。ところが6日間、10時間以上もかけても結論が出ない。
陪審員は結論が出せないと、2度にわたり裁判長に訴えました。裁判長はそのたびに議論をつづけるよう指示している。そして3回目には、陪審員のひとりが反対をやめないので結論が出せないと陪審員のまとめ役が答えている。
全員一致の陪審制度では、一人でも反対したら結論は出せません。このひとりは何に、どう反対しているのか。

ぼくは陪審員の何人かが、精神症だからといって子ども3人を殺した罪を逃れることはできないと「良識」をかざしたのだろうと思っていました。
けれどそうではない。反対はたったひとり。どういうことか。
陪審は、被告を有罪とするときは「疑問の余地なく」有罪を確信していなければならない。ところがこのひとりの陪審員は、「疑問の余地なく」有罪と考えているわけではないらしい。この陪審員は法を守っていないことになるから除名するよう弁護側は求めたけれど、裁判長はこれを却下しています。
おそらく、陪審員11人はクランシーさんを無罪としたけれど、ひとりだけが有罪とし、その根拠が明確ではないということでしょう。全員一致の結論を出せないのは、かならずしも精神症への偏見のせいとはいえないのではないか。
事件の真の原因はクランシーさんにあるのではなく、出産後の十分な精神面での支援がない精神保健体制の不備だと専門家は指摘しています。
裁判の結論が出ないまま、クランシーさんの苦難がつづいていることに胸が痛みます。
(2026年9月4日)
