田んぼマジック

 北海道の浦河からたくさん写真が届きました。
 ひがし町診療所の稲刈りです。いつものように、診療所の精神科デイケアのメンバー、スタッフ、地域の人や家族など大勢が参加しました。

 形の上では精神科のデイケア活動の一環です。でも実際にはそんなお題目はほとんど関係なく、みんなで秋空のもとで農作業を楽しんだようです。
 これまでぼくも何度かこの稲刈りに参加しました。心身ともに解放される感覚があります。おそらくそれは、診療所の稲刈りがほかの稲刈りとちがうからでしょう。

 一般の農家にとって、米づくりは仕事です。手間ひまをかけ、苦労して収穫した米で自分たちの暮らしを作る。でも診療所の米づくりは楽しみのために行います。田植えから稲刈りまで、半年間の作業でそれぞれに動き、遊び、かかわり、さざめく。いつはじめてもいいし、いつやめてもいい。作業の輪のなかに入ってもいいし、入らずにいてもいい。

 そういうふうに自由になった人は、ばらばらだけれどつながります。大小強弱の、つながりのリズムが田んぼには生まれる。そこで何が起きるか。
 いつも出てこないメンバーが出てくる。爆発するメンバーが爆発しない。黙っていたメンバーがしゃべる。寝ていたメンバーが起きあがり、不機嫌だったメンバーが笑ったりします。
 ふだんとはちがうそんな姿が出現するのを、田んぼマジックといった人がいました。

 田んぼマジックには、スタッフの人知れぬ苦労があります。メンバーもまた、それぞれ人知れぬ苦労を抱えている。苦労と苦労が田んぼの上で交錯する。

 いつも変わらぬ風景、おなじことがくり返される精神科の毎日。その倦怠のなかに、マジックは起こる。田んぼでなくても起きるけれど、田んぼなら診療所やグループホームよりずっと起きやすい。なにしろここでは誰も、治したり治されたりしないから。そのままでいいから。そういうところで、思いがけないことは起きる。ことしもまたそうだったかと、浦河から送られてきた写真を見ながら思いました。

 はさがげになった稲は、いつもよりちょっと少ない。温暖化のせいで収穫が落ちたかもしれません。
 1か月後には脱穀され、いまやコシヒカリをしのぐといわれる北海道ユメピリカの、それも診療所の田んぼでしかできない、無農薬自然栽培の最高級品ができあがることでしょう。
(2024年9月17日)