移民を排除する社会は、オオカミも排除する。
イギリスのフリー・ジャーナリスト、アダム・ウェイマスさんがなげいています。ヨーロッパの話ですが、世界中どこでもこの傾向は強まっている。移民にとってもオオカミにとっても、ますます生きにくい世の中です(What Stalks Wolves Across Europe. By Adam Weymouth. May 12, 2025. The New York Times)。
ウェイマスさんは2010年、スロベニアの南部で生まれた一頭のオオカミについて書いています。シラフツという名のこのオオカミは、生まれてすぐ動物学者によって研究用のGPSがつけられました。
シラフツはスロベニアからオーストリアに移動し、4か月後にはイタリアの北ベローナ山地に現れています。ここで1頭の雌オオカミと出会いました。フランスから来た個体でしょう。1千キロ以上離れた2頭のオオカミが、これまでほとんどオオカミがいなかった地で出会ったのは、奇跡ともいえる偶然です。彼らは子どもを作り、ベローナには1世紀ぶりにオオカミの群れが出現しました。

ヨーロッパのオオカミは100年前、絶滅の危機にありました。それが手厚い保護で推定2万1500頭にまでふえています。ところがいま、流れがふたたび逆になっている。ヨーロッパはシラフツが生まれたころのヨーロッパではなくなりました。
スロベニアとクロアチアのあいだは、違法移民の侵入を防ぐ有刺鉄線でへだてられている。遮断は移民だけでなくオオカミも寸断します。アメリカでも事情はおなじで、メキシコのオオカミは国境の10メートルの壁を超えることができなくなりました。
ウェイマスさんはいいます。
「オオカミは、人間の関心を興味深い形で反映する。住民たちはオオカミと移民をおなじに語るようになった。“彼らに反対するわけじゃないが、受け入れる余裕はない”とか、“ここには自分たちが最初からいたんだ”とか」
移民に対する反発は、先進国全体で強まっている流れです。
おなじことがオオカミにも起きている。

住民の反発を受け、EUは先週、オオカミ保護政策を転換しました。オオカミは「厳重に保護される」カテゴリーではなく、各国がそれぞれに「管理」できる野生動物へと分類が変わっています。国によってはオオカミの個体数調整で捕獲や殺害もできるようになりました。
シラフツの冒険はいまなら自殺行為になりかねません。
オオカミはきっと、つぶやいているでしょう。この世界に自分たちの場所はあるだろうか。自分たちはこの世界を愛することができるだろうかと。
(2025年5月14日)