自分で自宅でする医療検査が広がっています。
コロナの抗原検査以来、医療検査を医師に頼らず自分ですることには抵抗が薄れました。コロナ後はその傾向がさらに強まっている。ぼくらの身体、医療をめぐる大きな変化が起きているのかもしれません(Doctors couldn’t help. They turned to a shadow system of DIY medical tests. June 9, 2024. The Washington Post)。
一例として伝えられていたのは、食物アレルギーでした。
アニカという名前の乳児が、バナナなどを食べるとひどく嘔吐し脱水症状を起こすまでになった。何人もの小児科医に見せたけれど、病気ではないと取りあってくれない。困った母親のアンジェリカさんは、フェイスブックで知ったタイニーヘルスという検査会社に頼りました。
その結果、アニカちゃんの腸内には病原性の嫌気性細菌(P. vulgatus)が過剰に存在しているとわかり、食生活を改めるなどしたところ、アニカちゃんは健康を取りもどしました。
アニカちゃんは、正確にはアレルギーではなかったかもしれない。また腸内細菌が病気の原因だったかどうかも科学的には判定できない。けれどアンジェリカさんは医師に頼らず自分で検査し、アニカちゃんを救ったと信じています。
タイニーヘルス社の腸内細菌を検査する方法は、もともとはメイヨー・クリニックという名門医療機関の専門家が考案したものでした。しかし研究を行ったのがたったひとりだったために、公的な承認はえられていない。医療制度上は「正体不明の民間療法」のひとつでしかありません。でもそれが患者を救うこともある。
タイニーヘルス社のような医療検査を手がける新興企業が、アメリカにはたくさん登場しています。シリコンバレーのベンチャー企業のひとつは、100あまりの病気や症状の検査キットを販売しているといいます。それを使えば、コロナだけでなく心臓や腎臓の変異、糖尿病や性感染症、更年期障害といったさまざまな症状を素人が医師に頼ることなく検査できる。
これは既存医療システムの外部にできた、巨大な「平行医療システム」でしょう。
ある民間調査会社の調べでは、こうした自己診断の需要は年間50億ドル(8千億円)の規模になっており、2032年までには倍増すると予測されています。
もちろんこうした素人の自己検査、診断や判定には、医師の側から強い懸念や警告が表明されています。がんの自己診断など、素人が進めたら命取りになりかねないものもある。しかしこの傾向は止まらない。人びとはネットに助けられて検査を進め、ますます多くの医療情報を知るようになり、大手企業がこれをビジネスチャンスと見て参入している。
そのこと自体は否定すべきではない。問題は患者が、消費者が、情報を読み解く力、医療情報リテラシーをどう身につけるかでしょう。これは、検査よりだいぶむずかしい課題です。
(2024年7月3日)