自閉症とFC・続

 重度自閉症の「治療法」のひとつに、FC(ファシリテイティッド・コミュニケーション)という方法がある、しかし科学的根拠はないと前回書きました。こうした非科学的な思考がいまのアメリカには蔓延しています。
 しかし、FCが科学的かどうかは真の論点ではありません。
 FCの背後にある、自閉症を「治療する」という考え方が、自閉症の子を追いつめ、閉じこめている。

 あらためてそう思ったのは、『空、はてしない青』という本を読んだからです。フランスで160万部も売れたベストセラーは、日本でことしの本屋大賞・翻訳小説部門賞を受賞しました(メリッサ・ダ・コスタ著、山本友子訳、講談社)。

『空、はてしない青』(上巻=左、下巻=右)

 この本の登場人物のひとりは、重度自閉症の少年トムです。
 トムの母親ジョアンヌと祖父ジョゼフが、トムの自閉症を治そうとする父親や親族と対立する。争いのなかで、祖父が母親にいいます。
「トムは自分の世界に生きているんだと思う。私たちの世界と並行している世界だからトムには、私たちの現実に入ってくるのが難しいんだ」

 トムは、だれかが身体にさわると、その人を叩いて暴れる。けれど母親が抱いても暴れないし、祖父を叩くこともない。なぜなら、母親と祖父はトムを「自分たちの現実」に無理やり引きずりこもうとしないからだと祖父はいいます。
「トムはそれを感じるんだよ」

 トムは、言葉では意思を伝えられない。けれど自分なりに考え、感じ、反応している。「並行した世界」にいて、おなじ青い空を見ながらぼくらとは別の輝きを見ている。
 作者は、重度自閉症の世界を的確に捉えていました。
 前回紹介した、自閉症児の親であるエイミー・ラッツさんも、言い方はちがうけれどおなじことをいっていたと、ぼくは受けとめています。

 並行した世界。
 この概念は自閉症だけでなく、統合失調症にもあてはまります。そこにいる人たちを、こちら側に「無理やり引きずりこもうとしない」こと。並行した世界をいったん認め、そのうえで彼らとどうかかわるかを考える。なぜこちら側に来ないのかと彼らに問いかけるとき、ぼくらは自分のいる側こそが正しく、あるべき世界だと思いこんでいる。
 こちら側こそが「別種の狂気」を擁しているのではないか。ぼくはいつもそう思っています。
(2026年5月8日)