「ほら、あの、先が鋭い金槌みたいなの」
突然なにかと思ったら、ジェスチャーでわかった。砕石ハンマーだろう。地質学の調査なんかで使うやつ。
「あれでね、ガッ、ガッ、ガッ、って、たたかれてる感じ」
頭を。
猛烈な、耐えがたい痛みだった。
記憶を取りもどそうとしたとき、襲ってきた痛みである。

幼少期ずっと聞き分けのいい子だった祥子さんは、つねに緊張と警戒で「安心ゼロ」だった。5歳で不眠症になり、小学校では低体温、低血圧、低呼吸で仮死状態の解離を起こしたこともある。中学2年でこわれ、12歳以下の記憶を失った。
不安発作や自殺未遂をくり返し、20代になっても「破滅行動」がやまない。けれど波乱のなかにありながら、自分の記憶を取りもどそうとした。
記憶の喪失は解離症状のひとつとしてよく知られている。けれど失われた記憶を取りもどすケースはめずらしい。
前例のない困難に取りくんだ祥子さんは、あれほどの痛みを経験するとは思わなかった。記憶をたどろうとするたびに、「あの、先が鋭い金槌」でガッ、ガッ、とたたかれるようだった感覚をいまも鮮明に覚えている。
解離は、振りほどこうとすればそこまで心身の消耗をともなうのだろう。

(浦河に来て数年は元気に活躍していた。その後うつが強まり16年間引きこもり状態だった)
痛みに耐えて記憶を取りもどし、さまざまなことがわかってきた。
解離が起こした症状は、記憶喪失や失読症だけではない。同一性障害、世間でいうところの多重人格もあった。非憑依性といわれるタイプである。
自分は泥沼のねずみで、それとは別に自分のなかには「怒りのマグマ」をためこんだ「ゴジラさん」もいた。家族の犠牲になった「ジャンヌさん」も、またいい子を演じていた「お姉さん」もいた。そういう“いくつもの自分”が、自分のなかには共存していた。
PTSDで解離を起こし、長年うつ状態でみじめな人生を送ってきた祥子さんは、いまは明朗快活で別人のように見える。自称「陽キャのスナックママモード」になることもあれば、饒舌な「マシンガントーク」で仲間をほんろうすることもある。
振幅の激しい彼女のこれまでで、ぼくの印象にいちばん強いのは、バラバラだった人生のすべてがある日、まるで天啓のように「一本の線で繋が」ったことだった。
2020年3月11日のことである。
その日、彼女にはなにが起きたのか。
(2026年6月15日)
