ニューヨークの精神科に、わずかながら新しい風が吹いています。
この半年あまりで、ブロンクス地区の9人のホームレス精神障害者が路上生活をやめたそうです。注目すべき成果でしょう(He Was Handcuffed and Hospitalized. Now He’s on Track for Housing. June 25, 2023. The New York Times)。
ホームレス対策、なかでも精神障害者のホームレス対策はむずかしい。これに対し、去年11月29日、ニューヨークのアダムス市長が積極的な方針を打ち出しました。彼らに治療を受けさせるため、「非自発的」にでも入院させる。これが大きな論争になったことは、このブログでも何回か取りあげました(2022年12月6日~)。
アダムス市長の方針は、やり方によっては混乱と事態の悪化を招く。けれど、うまくすれば現状は変わる。どうなるかと思っていたら、7か月後の時点で出てきたのが「ブロンクス地区の9人が救われた」でした。
人数より貴重なのは、その方法でしょう。
ニューヨーク市ブロンクス地区では、かねてからホームレスの支援に当たる非営利団体「ブロンクスワークス」がアウトリーチ活動を行っていました。経験豊富なスタッフが路上の精神障害者に話しかけ、付き添い、支援する。そうした信頼のうえで今回、入院への働きかけが行われました。でも彼らはイヤだという。そこでいっしょに行った警察が彼らに手錠をかけ病院に連れてゆく、そんなことがくり返されたらしい。
連れて行った先の病院も、これまでなら鎮静剤を射って1泊、せいぜい数日で彼らを路上に送り返していたのを、ずっと長期に入院させるようになった。なかには104日間入院し、それからシェルターに移った人もいます。
精神障害者のなかには、こうした措置によって路上生活をやめ、市のアパートに定住するものも出てくるようになった。
ここで肝心なのは、強制と自発性をたくみにとりまぜている、あるいは使い分け、ときになだめたりすかしたりということでしょう。当の精神障害者も、手錠をはめられたりなだめたりされたりしながら、ま、しょうがねえかと思うようになる、らしい。したのかされたのかわからない、大枠としては中動態というかかわりのなかで。たぶん。
ニューヨーク大学の社会学者アレックス・バーナードさんは、ブロンクスで起きているのは「強制をおもいやりに読み替ようとする」動きだといっています。
ぼくはこのひとことで、すべてわかったような気になりました。
自立と強制のあいだにあるさまざまな力学。それが精神科だとするならば、ブロンクスには強制を「読み替えようとする」ことで新しい風が吹いている。
とりあえずぼくはそう捉え、そこから考えたいと思っています。
(2023年6月28日)