高校生に、精神科の応急措置を教える。
不安やパニック、うつや自傷行為などにどう対処するか。当然カウンセラーや精神科医が介入すべき分野です。でも、そこまで行く前に、生徒たちが自分たちでできることがある。友だちがパニックを起こしたとき、自殺したいというとき、生徒が生徒を救う。これはかなり有効かもしれない。そんな試みがアメリカで進んでいます(A surprising remedy for teens in mental health crises. March 3, 2023, The New York Times)。
高校生のパニック障害が、実例として紹介されていました。
休日のショッピング・モールで、高校生グループのひとりがパニックを起こした。息が苦しくなり、ぼおっとしてことばが出ず手が震えている。横にいた友だちは本人に座るように声をかけ、水を飲ませた。スマホを渡してもらい、暗証を打ちこんで親を呼び出し、話しかけてもらうと症状はおさまりました。肝心なのは、友だちがじっとしていっしょにいたことだったといいます。
そうできたのは、この友だちが「ティーンの精神科対応」を学んでいたからでした。アメリカのニュージャージー州では、いま高校でこの講座が学べます。
ティーンの精神科対応は、もともと学校や地域のおとなが精神科的な症状への対処法を学ぶために作られた「精神科対応法 (Mental Health First Aid)」を、高校生向けに改良したものです。原型は20年前にオーストラリアで作られ、いまではアメリカで年に110万人がこの訓練を受けています。
対応法といっても、もちろん治療ではありません。
状況をどう判断するか、その場で何をすればいいか。対象は不安症やパニック障害、うつ病、自殺念慮、摂食障害、薬物依存などです。高校生だったら、友だちがふさぎこんでいるとか、学校に来ない、自殺をほのめかしたというような気になる兆候にどうすればいいか。
生徒のひとりはいいます。
「教えてもらわなければ気がつかないこともある。たとえばストレートに聞くこと。『自分を傷つけたいの? 自殺したいの?』って。そんなふうに、ふつうは聞かない」
対応法を学んだ高校生は、自分を語るようになります。追いつめられても、これまでのように孤立しなくなりました。
精神科対応法は、精神科の問題を医師やカウンセラーなどの専門家に任せるのではなく、「地域のみんなで取り組む」流れのひとつです。さらにいうなら、精神科を専門家の専有からとりもどす「当事者主権」の流れでもある。
高校生が高校生を精神科的に救う。いや精神科「から」救う。そんなことができたら、どれほどの可能性が開けることか。夢想するだに楽しさがわきます。
(2023年3月9日)