しばらく前に、マスクは効果がないという説を紹介しました(2月23日)。
マスクをしてもしなくてもコロナの感染に影響はない、というオクスフォード大学教授の論文です。コクラン・レビューという国際的な評価の高い専門誌に掲載され、関係者にはちょっとした衝撃でした。もしほんとなら、ずっと着けていたマスクは何だったのかとニューヨーク・タイムズのコラムニストが憤然と書き立てたほどです。だからぼくも、「日本の行政や医療、科学に携わるみなさんがこれをどう読んだか」真相が知りたいと書きました。
その後日談です。
結論からいうと、この専門誌の編集者が「誤解を招いた」と謝り訂正しました。
ニューヨーク・タイムズの別のコラムニストであるゼイネップ・トゥフェクチさんが、「やはりマスクは有効」と、一連の論争をまとめています(Here’s Why the Science Is Clear That Masks Work. March 10, 2023. By Zeynep Tufekci. The New York Times)。
トゥフェクチさんによれば、コクラン・レビューの編集長、カーラ・ソアレスワイザーさんはこういっている。
「マスクが呼吸器感染症の感染や拡大を低減するかどうかについて、コクラン・レビューはいまのかぎられたエビデンスからは明確なことがいえない。誤解を招く記述があったことについて謝罪する」
ではどんなエビデンスがあったのか。どんな「誤解を招く記述」をしたのか。そこを、先端科学が専門でコロンビア大学教授でもあるトゥフェクチさんは詳細に論じている。そのうえで別の多くの論文をふまえながら、「やっぱりマスクは有効」とまとめまていました。かねてコロナやAIに関して斬新な見方を提示してきたトゥフェクチ教授は、2年前にはアメリカ社会の「過剰なマスクの強制」に異を唱えている。でもさすがにこんどのマスク無効論は行き過ぎと捉えたのでしょう。
大山鳴動、ネズミ一匹。
科学に関心のない方にはどうでもいい話です。でもぼくにとっては興味深い「騒ぎ」だった。
最初にあったのが、ひとりの研究者の大胆な視点だったからです。その視点をぼくの曲解のもとに言い直すなら、「マスク、マスクっていうけれど、だれもきちんと実験、検証してないじゃないか」「マスクが効かないって報告もいっぱいあるぞ」ということになる。まるでぼくらの常識を、全世界を敵に回すかのような反逆の見方。そういう異端のなかからこそほんとの科学革命ははじまる。ひょっとしてこれは、とも思ったものでした。
やっぱり消えてなくなったけれど、そういう異端の科学者がいたことにぼくは安堵します。
(2023年3月13日)