先月、「ポルトガル・モデルが揺らいでいる」と書きました(7月14日)。
22年前、麻薬対策に「処罰よりも処遇」を掲げ、世界に先駆けて麻薬を合法化したポルトガルで、ふたたび麻薬がまん延しているという話です。
立ち止まっているのはポルトガルだけではない。
ポルトガルを見習い、おなじく麻薬を合法化したアメリカのオレゴン州でも、やはり麻薬問題は急激に悪化しています。麻薬対策に「禁止と処罰」を求める声が強まっている(The Hard-Drug Decriminalization Disaster. By Bret Stephens. Aug. 1, 2023. The New York Times)。
オレゴン州の場合、麻薬の過剰服用による死亡者は2019年に280人だったのが、2021年には745人にまで増えました。町中のあちこちに注射針が落ちている。公園で、子どものすぐ横で麻薬を使う人がいる。警察はそういう人を捕まえることはできない、回復プログラムの受講カードを渡すだけです。でも、これまでに4千枚発行されたカードのうち、使われたのは1%に過ぎなかった。
薬物使用者は回復しようとしない。オレゴンでは安い麻薬が手軽に使えると思っている。麻薬の密売人が徘徊し、犯罪とホームレスが増え、町は明らかにすさんできた。
オレゴン州の麻薬合法化は3年前、住民投票で58%の賛成をえて実施されました。
いま、住民の多くは見直しを求めている。合法化の推進派は、予算と時間がないから成果が上がらないというけれど、もしいま住民投票が行われれば圧倒的多数が合法化に反対するでしょう。
一度はうまくいったのに、なぜいま後退しているのか。
さまざまな情報から浮かびあがるのは、やはり「合成麻薬」のすごさでしょう。
ポルトガルが麻薬を合法化した当時、合成麻薬はそれほど出回っていなかった。けれど麻薬の数十倍の効果があるとされる合成麻薬、フェンタニルが登場し風景は変わります。合成麻薬は薬物依存という現象の限界を突き破った感がある。アルコールもギャンブルもそうですが、依存の世界はみな、かつてのおだやかな形からかぎりない刺激と興奮へと過激化します。ぼくらの脳はそれを求めつづける。合成麻薬は、従来の理解では捉えきれない速さと強さで、脳の、人間の限界に迫っているかのようです。
薬物依存に対して従来有効とされたアプローチは、処罰よりいのちを守る「ハームリダクション」でした。でも合成麻薬は、ハームリダクションにも限界があることを示しています。いま依存症者の回復を考えるなら、ハームリダクションだけでなく、彼らにもっと多様な「介入」をしなければならないのではないか。もっと人間とのかかわりが必要なのではないか。
オレゴンの経験は、そう読み取ることができるのかもしれません。
(2023年8月3日)