AIレース

 AI、人工頭脳についての議論が幅を広げています。
 先週ぼくはAI開発の最先端企業、オープンAI社の「オープンな文化が少しでも長続きすること」を祈ると肯定的なトーンで書きました。しかしオープンAIに警戒を強める人も多い。
 AIがもたらすのはユートピアか、人類の破滅か、どちらにせよ、いまそれを判断できるのは一握りの専門家です。ところがその一握りの賛否が分かれている。この文明の分岐路で、ニューヨーク・タイムズが長文の特集をシリーズではじめました(Ego, Fear and Money: How the A.I. Fuse Was Lit. Dec. 3, 2023. The New York Times)。

 シリーズ第1回のタイトルは「AIレース」。
 チャットGPTのようなAIが、どのようにして今日の姿になったか、誰がどう動いたかが80人の科学者、起業家らとのインタビューで浮かびあがります。

 ぼくは大学が工学部だったので、理系の発想にはなじみがあります。その感覚から、かつて画期的な技術は「イギリス人が考え、アメリカ人が実用化し、日本人が作る」と思っていました。いま「日本人が作る」はちがうけれど、最初の二つはあまり変わらないと思っています。
 AIも、最初はイギリス人でした。
 AIの生みの親、イギリス生まれのジェフリー・ヒントン教授の頭脳が、チャットGPTの基盤にあることはこのブログでも書きました(2023年5月3日)。それを実用化したのはオープンAIであり、オープンAIに投資したマイクロソフトやグーグルなどの巨大テック産業でした。その過程で、中国の「バイドゥ」がオープンAIを買い占めようとしたこともあったとか。成り行きしだいでは、中国がAIの支配者になっていたのですね。そういう流れが今回の「AIレース」で浮かびあがります。

イーロン・マスク氏
(Credit: jurvetson, Openverse)

 意外だったのは、イーロン・マスク氏の位置づけでした。
 世界一の富豪であるマスク氏は、オープンAIの創設に加わったけれど、急激なAIの開発に異を唱えたとされる。開発より安全を重視するべきだと主張し、共同創設者のサム・アルトマン氏と対立してオープンAIを去ったといわれました。でもそんなかっこいい話じゃなかったらしい。オープンAIを「金のなる木」にしたかったけれどかなわず、お前らは「のろま(jackass)だ」とののしって嵐のように去っていったと、タイムズ紙の描写からはうかがえます。

 マスク氏は舞台から消えたけれど、そのほかの役者は重みを増している。彼らは何を考えているのか、AIは近未来の人類に何をもたらすのか、科学者の倫理と投資家の金もうけはどこでどう対立するのか。専門家にも全体像はわからないらしい。あるいは一人ひとりの役者がそれぞれ異なり、急激に変わりゆく世界観を抱いている。そのどこをいつ、どう切り取ればぼくらにも見える風景になるのだろう。「のろま」を超えるどんなキーワードが、シリーズの今後のレポートに現れるかに注目しています。
(2023年12月6日)