『西側の敗北』。(La Défaite de l’Occident)
こんな刺激的なタイトルの本がフランスで出版されました。
著者は知の巨人、エマニュエル・トッド博士。1970年代に、20年後のソビエト連邦崩壊を予言した歴史学者、人類学者です。“敗北”は、たんにウクライナ戦争での敗北を超え、民主主義そのものの敗北というニュアンスがこめられています(This Prophetic Academic Now Foresees the West’s Defeat. By Christopher Caldwell. March 9, 2024. The New York Times)。
そんな本、読みたくないなあと思うけれど、ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、クリストファー・コールドウェルさんが代わりに読んでくれました。そのコラムはぼくの心象に長い影を落とします。原著には一度も目を通さないまま、トッド博士の予言をぼくの勝手な理解でメモにします。
トッド論の核心は、西側の崩壊というよりアメリカの崩壊でしょう。
世界を搾取して富を得たアメリカは、生産基盤が空洞化している。若者はますます努力や技能を要する仕事より、法律や金融のような、すでにある価値を移転させ、ときには経済そのものを破壊するような仕事を選ぶようになった。政治家や管理職になるために知的な複雑さを学ぶ必要はない。教育が進んだこの社会では、教育の価値観そのものが衰退している。
「繁栄という名の退廃が進んでいる」
ウクライナ戦争についても、重大な指摘があります。
「西側はウクライナが緒戦でロシアに勝利したことに驚いたが、もうひとつ驚くべきことを見逃している。ロシアがアメリカ主導の経済制裁で崩壊しなかったばかりか、生きのび、むしろインドや中国を巻きこんで肥大していることだ」
ロシアに勝てると思うのは、事実より期待に取りつかれているからにすぎない。
トッド博士がさすが人類学者と思わせるのは、政治経済などの表層だけでなく、保健医療といった基盤からも社会を見ていることです。
「アメリカは子どものいのちを大事にしない。乳幼児死亡率はロシアより高く、日本の3倍にもなる」
日本の子ども政策も問題だけれど、それよりひどいアメリカはほんとに絶望的なのだろうか。
とはいえ、トッドさんの話は多面的です。去年10月6日の朝日新聞とのインタビューでは、「未来は悲観的なものばかりではない」ともいっている。西側崩壊のあとには、全体主義とも民主主義ともちがう新しい社会が現れると示唆しています。
ぼくらはそれ以前に、たぶんトランプが再登場した時代を経験しなければならない。そうした苦い経験を通して、ぼくら自身を変えていくプロセスが必要なのかもしれません。
(2024年3月12日)