生き返るろう児

 アメリカのメイン州で、子どもたちのサマーキャンプがありました。
 どこにでもあるキャンプのようで、よく見るとちょっとちがいます。やって来たのはみなろう児、難聴児でした(A Maine Camp for Deaf Children Carries On After an Unthinkable Loss. Sept. 2, 2024. The  New York Times)。

 キャンプが開かれたのは、メイン州南西部にあるベルグレイド湖です。
 湖と松林が広がる大自然のなかにやってきたのは、6歳から16歳のろう児、難聴児22人。キャビンで寝起きをともにし、Tシャツを作ったりゴミ拾い競争をしたり、池でボートを漕いで鷲の巣を見に行ったりする。朝から晩まで、アウトドア満喫です。

メイン州の湖沼地帯

 でもほんとうに夢中になるのは、仲間とともにいる時間でしょう。
 多くの子どもたちにとって、仲間に会えるのは年に1度、このキャンプだけです。ふだん学校にいるときの彼らはひとり、でもここには仲間がいっぱいいる。来た瞬間に彼らはいいます。家に帰ってきたみたい。

 参加者のひとり、オータムさん(11歳)はいいます。手話で。
「ここでは、『いまなんていった?』って聞くと、必ず誰かが教えてくれる。家ではそうじゃない。何度も聞き返したら、怒りだす人がいるから」
 聞こえる人に囲まれて暮らすろう児、難聴児は、つねに会話から取り残されます。孤独です。サマーキャンプは、そうではない。

キャンプが開かれたベルグレイド湖
(ベルグレイド市のサイトから)

 主催者のひとり、ケヴィン・ボーリンさんは、子どもたちはここで自信をつけるといいます。8歳の子は、ろう者がキャンプを運営しているのを見て驚きました。
「あなたもろうなのって聞くから、そうだよって。あの人たちも? みんなそうさ。そしたら彼はいうんだ。ろう者って、若いうちに死ぬと思ってた、って」

 30年前のフランスでも、事情はおなじでした。ニコラ・フィリベール監督のドキュメンタリー『音のない世界で』で、ひとりのろう児がいっています。
「ろう者はおとなになれないの? 二十歳で死ぬの? 私たちもふつうの人間なのに。ろうのおとなに会いたかった・・・」
 聴者の世界にひとり置かれているろう児は、洋の東西を問わず考えます。おとなで自分のような人はいない。おとなになる前に、自分は死ぬのだろう。
 しかも、そのことを話し合える相手はいません。
 ろう児、難聴児がかかえるほんとうの問題は聞こえないことではない。孤立です。
 サマーキャンプは子どもたちの魂を救う。子どもたちは自信をつけるというより、ここで生き返るのでしょう。
(2024年9月5日)