きのう書いたろう児、難聴児のサマーキャンプの補足です。
記事を書いたジェンナ・ラッセル記者は、手話通訳とともにろう文化を取材し、センスのいい記事にまとめていました。日本の記者でここまで書ける人はそういません(Sept. 2, 2024. The New York Times)。
じつはこの記事の主人公は、子どもではありませんでした。
ジョシュア・シールさんという36歳のろう者です。自分自身が孤独な子ども時代を過ごした経験から、ろうである自分の2人の子にはおなじ経験をさせたくなかった。そこで障害者支援団体の助けを受け、2年前にこのサマー・キャンプをはじめました。
最初の年にやって来たのは9人、3年目のことしは22人です。
子どもたちはこのキャンプを何よりも楽しみにしている。シールさんもそうでした。でもシールさんがことしのキャンプを見ることはありませんでした。
去年10月、メイン州で起きた銃乱射事件の犠牲者になったからです。
ルイストンという町でひとりの男が銃を乱射し、18人が亡くなりました。うち4人が、シールさんらろう者だった。小さな町のろうコミュニティは、一気に4人のメンバーをなくし壊滅的な打撃を受けました。
シールさんとともにキャンプをはじめたケヴィン・ボーリンさんはいいます。
「キャンプはやるってことだ。彼の夢だったから。これは彼やぼくじゃなく、子どもたちのものなんだ」
いそがしく、騒々しく、疲れを知らない子どもたちが、去年とおなじように笑い、さざめき、走り回るサマーキャンプ。
ある晩、キャンプファイアーを囲んでいたときのことです。
キャンプ場の木にかかった電飾のうちの、ひとつの電球が切れかけ、またたいていました。シールさんの子どもたちは、その意味がすぐにわかった。10歳のセフィーヌ・シールさんがいいます。
「チカチカしてる。あれ、父さんだよね」
夜の闇、燃える火、空にかかった電飾と、そのひとつのまたたき。
セフィーヌさんの手話は、このシーンを動画のように再現したでしょう。そしてまた、父を亡くした10歳の少女の空洞を。
その手話を通して、ニューヨーク・タイムズはアメリカでくり返されてきた悲劇のひとつを伝えました。悲劇に巻きこまれた家族の、仲間の、その後を。
(2024年9月6日)