精神障害の社会

 精神障害と犯罪。
 古くて新しい問題がまた起きました。ホームレスの精神障害者が先週、ニューヨークで無差別殺人を起こしたのです。マンハッタンで工事現場や川岸で釣りをしていた男性などをナイフで襲い、計3人を死亡させました(Stabbing Suspect’s Descent Into Madness Went Undetected by Authorities. Nov. 22, 2024. The New York Times)。

 まったく関係のない市民3人が刺殺される。
 きわめて衝撃的な事件だけれど、報道は冷静です。トップニュースにはなっていない。交通事故のような、たくさんあるニュースのひとつという感じです。けれど交通事故とちがって、事件にいたる経緯は詳細に伝えられている。

 犯行におよんだラモン・リベラ容疑者51歳は重度の統合失調症とされ、20年前から各地でさまざまな事件を起こしてきました。
 ニューヨークでも窃盗を重ね、服役しています。しかし「監視下の釈放」という措置で、10月に出所している。この制度のもとでは、刑務所から出られるけれど治療を受け、ソーシャルワーカーとの月に2度の面談に出るなど、連絡を絶やしてはいけません。けれどリベラ容疑者は姿を消し、11月18日、犯行におよんでいます。

 精神障害者はめったに凶悪事件を起こさない。そのことを強調したうえでニューヨーク・タイムズはいいます。
「リベラが連続殺人を犯すほどの狂気にかられたのは、そのように不安定な状態の人を社会につなげてケアすることが、いかに医療と司法にとってむずかしいかを示している」

 凶悪事件は日々たくさん起きている。
 精神障害者が起こす凶悪事件はマレだけれど、十分な支援があれば防げたかもしれないという思いがつねにつきまといます。さまざまな議論や立法があったけれど、何をしてもこうした事件をなくすことはできなかった。これ以上進めるには思いきった予算と支援体制が必要です。それは司法や医療ではなく政治の課題であり、容易には解決できない。

 それにしても、事件に対するアメリカ社会の落ちついた反応は何なのか。
 それは精神障害者の凶悪事件よりずっとひどい、たとえば銃の乱射による大量殺人などがくり返されるからからでしょう。一般市民は、ほんとうに危ないのは健常者であり精神障害者ではないという皮膚感覚が身についているのかもしれない。それはそれで、また別に憂うべきことではあるけれど。
(2024年11月27日)