やせ薬の食文化

 ダイエットに使われる薬が、アメリカ人の食生活を変えています。
 オゼンピックやウェゴビーなどのダイエット薬、やせ薬は、苦労せずに体重を減らすことができる。しかし、使っている人はやせるだけでなく味覚も変わるといいます。砂糖や脂肪、添加物がいっぱいのスナック菓子やファストフードを、食べたいと思わなくなる。逆に、なんと野菜や果物が食べたくなるそうです。
 いったいアメリカ人の身体には何が起きているのか(Ozempic Could Crush the Junk Food Industry. But It Is Fighting Back. Nov. 19, 2024. The New York Times)。

 話題のやせ薬は、もとは糖尿病の治療薬でした。
 糖尿病は膵臓がインスリンを作れなくなり、血糖値が高くなって起こる病気です。だから従来はインスリンを注射していた。けれど新しい治療薬は、インスリンを膵臓が作るように働きかける作用があります。このように働く一群の薬を「GLP-1受容体作動薬」と呼んでいる。

GLP-1作動薬「オゼンピック」
(Credit: chemist4u, Openverse)

 そしてわかってきたのは、GLP-1作動薬は膵臓だけでなく、中枢神経系にも働きかけるということでした。脳に働き食欲を抑える。このため、糖尿病でGLP-1作動薬を使う人は体重も減るようになりました。GLP-1作動薬は、やせ薬でもあったのです。

 当然、GLP-1作動薬はダイエットにも使われるようになりました。
 3人に1人が肥満のアメリカで、すでに700万人がGLP-1を使っている。2035年には2千400万人になると予想されます。その多くが、ジャンクフードへの食欲をなくしてしまった。甘いものを食べると「喉が詰まる」、「プラスチックみたいだ」といって。代わりに彼らは野菜や果物を食べるようになりました。味覚が変わったのです。

 この影響ははかりしれない。
 すでに大手スーパーの売り場には異変が起きているといいます。これまでチョコレートやポテチを山のように買っていた人が、レモンやパイナップル、キュウリを買うようになった。大手食品メーカーはこの変化にざわめき、急きょ「GLP-1対応」のスナック菓子やスイーツを開発しはじめたらしい。乳清タンパクを加えたブラウニー、糖分や脂肪を大幅に減らしたチキンスナックなどが企画されているとか。

 GLP-1作動薬は依存症などへの応用でも注目されていることはすでに書きました(10月22日)。それはGLP-1が消化器官だけでなく、脳神経系にも作用するからでしょう。刺激と快楽、そのくり返しを求める「報酬回路」を抑制し、そこで食欲も薬物依存も低下するのではないかといわれています。
 糖尿病の治療で登場した一群の新薬が、病気だけでなく食生活を、日常を変えようとしている。すごいなという気持ちと、大丈夫かという一抹の不安が交錯します。
(2024年12月2日)