イボガイン

 イボガインは、植物由来の化合物で強い幻覚作用があります。
 過剰に摂取すると死亡することもあり、日本でもアメリカでも事実上禁止されている。このイボガインを、ニューヨーク・タイムズの記者が自身で経験しました。
 とてもおもしろい。ここには精神医学の「もうひとつの可能性」があると思いました(It’s an Obscure Psychedelic Used to Treat Trauma. Could It Help Me? By Robert Draper. March 1, 2026. The New York Times)。

 幻覚剤の体験記なんて、ふつうだったら無視します。
 けれど体験したのは一流メディアのれっきとした政治記者で、医者や看護師のいるクリニックでの5日間のプログラムです。読むだけの価値は十分にありました。

 ドレイパー記者はいいます。幻覚剤イボガインは、パーティ・ドラッグではない。決して「楽しいものではない」と。
「マットに横たわると、ただちに幻覚が現れる。予想とぜんぜんちがう。最初にどこかの部族の酋長のような恐ろしい顔が鮮明なカラー映像で現れる。その顔が緑色になって消え、戦争になり、死体が散乱し、子どもが飢えている。岩山から何匹ものヘビが出てくる」。

イボガインがとれるイボガの木(キョウチクトウ科の低木)
(Credit: Giorgio Samorini, Openverse)

 そんな不愉快な幻覚を、なぜドレイパー記者はイボガインが合法的に使えるメキシコにまで行って経験したのか。
 肝心なのは、幻覚そのものより、「その後」です。
 医者や専門スタッフに見守られながらのイボガイン体験は、暗闇での重く暗い幻覚が一晩つづく。それが終わり、2日たってから、自分のなかの「なにか」が変わった感覚がある。
 この「なにか」が、とても大事らしい。
 どう大事なのか。それは一人ひとりちがう。体験してみないとわからない。

イボガインはアフリカのガボンなどで儀礼に使われてきたが
先進国では死亡事故も報告されている(Credit: Giorgio Samorini, Openverse)

 ひとついえるのは、トラウマとともに生きるものにとって、イボガイン体験は変化をもたらす可能性があることです。
 戦争で過酷な体験をし、トラウマに苦しむ退役軍人にイボガインを使ったところ、有効だったというスタンフォード大学精神科の研究が去年発表されました。また以前から、イボガインは薬物依存症に効果があるともいわれてきた。幼児期や性的な虐待のトラウマに応用できる可能性もある。
 イボガインは幻覚をもたらすけれど、幻覚を通してその人を変えるという、セラピーのような効果があるのかもしれません。言語ではなく、非言語的な手段によるセラピー。そこに、精神科のもう一つの可能性が開かれているのではないかと、ぼくはドレイパー記者の体験記を読んで考えました。
(2026年3月4日)