解離・4

「ほら、あの、先が鋭い金槌みたいなの」
 突然なにかと思ったら、ジェスチャーでわかった。砕石ハンマーだろう。地質学の調査なんかで使うやつ。
「あれでね、ガッ、ガッ、ガッ、って、たたかれてる感じ」
 頭を。
 猛烈な、耐えがたい痛みだった。
 記憶を取りもどそうとしたとき、襲ってきた痛みである。

「ロックピックハンマー」(amazonサイトから)

 幼少期ずっと聞き分けのいい子だった祥子さんは、つねに緊張と警戒で「安心ゼロ」だった。5歳で不眠症になり、小学校では低体温、低血圧、低呼吸で仮死状態の解離を起こしたこともある。中学2年でこわれ、12歳以下の記憶を失った。
 不安発作や自殺未遂をくり返し、20代になっても「破滅行動」がやまない。けれど波乱のなかにありながら、自分の記憶を取りもどそうとした。

 記憶の喪失は解離症状のひとつとしてよく知られている。けれど失われた記憶を取りもどすケースはめずらしい。
 前例のない困難に取りくんだ祥子さんは、あれほどの痛みを経験するとは思わなかった。記憶をたどろうとするたびに、「あの、先が鋭い金槌」でガッ、ガッ、とたたかれるようだった感覚をいまも鮮明に覚えている。
 解離は、振りほどこうとすればそこまで心身の消耗をともなうのだろう。

早坂潔さんと踊る祥子さん(2010年)
(浦河に来て数年は元気に活躍していた。その後うつが強まり16年間引きこもり状態だった)

 痛みに耐えて記憶を取りもどし、さまざまなことがわかってきた。
 解離が起こした症状は、記憶喪失や失読症だけではない。同一性障害、世間でいうところの多重人格もあった。非憑依性といわれるタイプである。
 自分は泥沼のねずみで、それとは別に自分のなかには「怒りのマグマ」をためこんだ「ゴジラさん」もいた。家族の犠牲になった「ジャンヌさん」も、またいい子を演じていた「お姉さん」もいた。そういう“いくつもの自分”が、自分のなかには共存していた。

 PTSDで解離を起こし、長年うつ状態でみじめな人生を送ってきた祥子さんは、いまは明朗快活で別人のように見える。自称「陽キャのスナックママモード」になることもあれば、饒舌な「マシンガントーク」で仲間をほんろうすることもある。
 振幅の激しい彼女のこれまでで、ぼくの印象にいちばん強いのは、バラバラだった人生のすべてがある日、まるで天啓のように「一本の線で繋が」ったことだった。
 2020年3月11日のことである。
 その日、彼女にはなにが起きたのか。
(2026年6月15日)