解離・5

「それまでに蓄積された全ての体感と知識と経験の点と点が1本の線で繋がり、全てが腑に落ち・・・自分を100%受け入れ、許すことができた」
 2020年3月11日の“天啓”を、祥子さんはこう書いている。
「奴隷」だった子ども時代、破滅行動の20代、「超絶不眠・鬱」で引きこもった30代、「ゾンビ」と化し生き延びた40代、その後の回復、それらすべてが「ピシッと1本の線にまとまった」瞬間である。

 ここはとても重要な場面なので詳しく書きたいけれど、いまは2,3、のポイントを記すにとどめよう。
 ひとつは、源流には当事者研究があることだ。
 そもそも祥子さんが27歳で単身浦河にやってきたのは、当事者研究をするためだった。以来、何度も研究をくり返している。そうすることで解離に対し、また引きこもりの自分に対しても客観的になれたし、「自分への信頼」や「仲間との繋がり」を失わなかった。生きのびるために「余計なことは考えない」と決めていたけれど、「狭い部屋のベッドで1人、10年以上動けなくとも」、いろいろなことをさまざまに考えつづけた。

べてるの家の当事者研究
(2009年、祥子さんも参加していた)

 当事者研究の延長で「家族の当事者研究」を行い、家族との共依存を手放している。「自分史・家族史」を問い直しただけでなく、それを「日本史・社会史・人類史・生物史・宇宙史の当事者研究」にまで広げていった。
 一見雑多で多様な思考を積み重ねるうちに、自分のこれまでの人生はマイナスも含め、すべてむだではなかったと思えるようになった。自分を「許す」ことができた。そして「とりあえずその日を生き延びる」うちに、散らばった思考がかぎりなく反復増殖し、彼女の周囲を埋めつくしていった。それがある日、気がついたらすべて結びついて「1本の線」になっていたということだろう。

当事者研究で司会を務める祥子さん
(上記写真の一部。持っているのは「幻聴さん」のフィギュア)

 大事なのは、祥子さんひとりが「統合」されたのではないことだ。
 社会も、世界も、歴史も、すべてが彼女のなかでつながっている。そうした全体が「1本の線」としてくっきり浮かびあがったのが、あの日起きたことだった。外部のすべてとつながった自分には、「開かれている」という感覚があっただろう。
 家族との共依存を断ち切り、問題行動を起こしたり自責の念にとらわれている自分と決別し、和解し、その一方で仲間と、他者と、歴史と、外部のすべてにつながってゆく。
 切断と接続。際限のないリゾームのようなつながり。
 それって、フェリックス・ガタリの思想ではないか。
 PTSDと解離を経て、祥子さんは現代思想の最先端に到達していた。
 これはすごいことだと、ぼくは興奮している。
(2026年6月17日)