生命を作る

 世界初の「人工細胞」ができました。
 人間はついに神の領域にまで踏みこんだのかと、一瞬思わせてくれたニュースでした(This Cell Feeds, Grows and Reproduces. And It’s Manmade. July 1, 2026. The New York Times)。

 人工細胞を作ったと発表したのは、ミネソタ大学の合成科学者、ケイト・アダマラ博士らのグループです。
 アダマラ博士らは、脂質でできた小さな球体のなかに、大腸菌がもつ遺伝子36個とともに数十種類の化合物を入れました。この微小球体を培養液のかなにおくと、自然に分裂、増殖するようになった。きわめて単純で原始的なものではあるけれど、自分自身で増えていく細胞ができたわけです。
 これを博士は「スパッド細胞」と名づけました。スパッドはじゃがいものことで、じゃがいものような形をした細胞という意味です。

スパッド細胞の概念図(アダマラ博士が公表した論文から)

 スパッド細胞は人類初の「人工生命体」か?
 だとするなら人類史、地球史の大転換点と思ったけれど、アダマラ博士もほかの研究者も、そんなに騒いではいません。どうしてかが、論文を読むほどにわかってきました。
 人工細胞を作る具体的な研究はすでに30年前から行われていて、今回の成果はその一里塚にすぎない。スパッド細胞は未完成で、「生命体」といえるかどうかわからない。そもそも生命とはなにか明確に定義できないといった論点があるからです。

スパッド細胞分裂の概念図(アダマラ博士公表資料から)

 けれど研究者のなかには、これは「ライト兄弟の初飛行に匹敵する」という声もあります。
 1903年にライト兄弟が行った人類初の飛行は、おもちゃのような機体で地上すれすれに12秒飛んだだけでした。いまは巨大な飛行機が軽々と大陸間を横断している。
 おなじように、スパッド細胞もいずれ研究者がよってたかって高度な生命体に作りあげてゆくだろうというのです。

ケイト・アダマラ博士(ミネソタ大学サイトから)

 アダマラ博士は、スパッド細胞の特許を申請していません。すべての情報を190ページの報告にまとめ、ネット上に公開している。今後バイオテックという名の非営利組織を作り、多くの科学者に参加してもらいたいともいっています。
 それは研究の安全保障を確保するためでもある。
 人工細胞の研究が進めば、あたらしい有用な細菌を作ることなどで生命科学は飛躍的に発展するでしょう。その一方で、生物兵器に悪用される可能性も出てくる。そうならないよう、研究の透明性と情報公開が必要だと博士は考えています。
 明確な倫理のある科学者です。
(2026年7月6日)