タヌキに罪はない

 コロナ禍はタヌキが引き起こしたのではないか。
 こんな憶測がウィルス学者のあいだで強まっています。あちこちに「タヌキが原因か?」という記事が出て、横にタヌキの写真。タヌキに罪はないのにイメージダウンです。かわいそうに(Wuhan Market Samples Contained Covid and Animal Mixtures, Report Says. March 21, 2023, The New York Times)。

 かなり込み入った話ですが、強引にまとめるとこういうことになります。
 中国で、コロナが発生して間もない2020年1月、コロナの発生地と疑われた武漢の生鮮市場を研究者が徹底的に調べあげた。すると荷車のひとつから、コロナ・ウィルスとタヌキの遺伝子が見つかった。生鮮市場ではタヌキも食用に売られていたのです。ここから、タヌキがコロナに感染していたのではないかという疑いが生じました。
 タヌキがコロナに感染し、そのウィルスが人間にうつったのではないか。

 これまでコロナは、コウモリが原因だろうとか、ほかの哺乳類だとか、いや中国の研究所から漏れ出たものだとか、さまざまな推測がありました。アメリカの保守強硬派のなかには、中国の陰謀だという声まであります。そこに新たにタヌキ説が登場したわけですが、今回の解釈は遺伝子解析が行われているという点で科学的に見て「画期的な知見」になるらしい。

 ところが、です。
 なんだ、タヌキだったのかと思いはじめたそのとき、ミステリーがはじまりました。
 タヌキ説の証拠の遺伝子が、ネット上から消えたのです。まるでタヌキが化けて煙になったかのように。
 中国の研究者がデータをブロックしたという見方もできるし、そういう遺伝子データを集めているドイツの非営利団体がなにか変なことをしたんじゃないかともいわれる。その陰に中国政府が暗躍しているのか、いないのか。ナゾがナゾを呼んでいるらしい。そうしたなかで、かろうじて消去前のデータを手にした各国の研究者チームが「タヌキの痕跡」を再構成した、ということのようです。
 こう書きながら、ぼくも実態はどうなっているのかじつはよくわかりません。

 ひとつ確かなのは、3年前に武漢で採取されたタヌキの遺伝子の貴重なデータが、ずっと発表されなかったということ。しかもこんなすごい資料が、出たと思ったらすぐに消えてしまった。これにはWHOも困惑し、中国はもっと情報を公開してコロナの解明に協力すべきだといっている。中国からは何の反応もありません。
 この不透明さが、「タヌキって危ない動物らしい」と風評被害を招くのではないか。そのことを、ぼくはタヌキのために心配しています。
(2023年3月23日)