食い足りなさ

 北朝鮮が、相当ひどいことになっている。
 派手にミサイルを打ち上げているけれど、国内は荒廃が進み、農村部だけでなく都市部でも、中産階級にすら餓死者が出ていると、BBCが3人の北朝鮮国民の証言をもとに伝えています(North Korea: The Insiders. June 14, 2023. BBC)。

 都市部で働く女性は、食糧難が「こんなにひどくなったことはなかった」といいます。米は食べられないし、食事を抜かすときもある。隣人がドアを叩き食べ物をくれというが、とてもわけてやる余裕はない。知り合いの家族3人は自宅で餓死していた。
 きょう寝たら、明日は起きることなく死んでいるかもしれない。
「われわれに残されたのは、死ぬことだけだ」
 以前は国外に逃亡するものもいた。しかしコロナになってから警備が格段に強化され、国境に近づくだけでも射殺されるようになった。いまの北朝鮮国民は、飢えて死ぬか、逃げそこねて死ぬか、どちらかしかないという証言もありました。

(Credit: Roman Harak, Openverse)

 いちばん刺さったのは、金正恩体制の締めつけが徹底され、いまの北朝鮮では誰も「隣人を信じなくなった」という証言です。どんなに苦しくても飢えても、助け合うことができれば一瞬でも人は救われる。そのつながりまでも、恐怖政治は断ち切ってしまった。民はもう蜂起することもできない。

 こういう報道があると、ぼくらジャーナリストはまず中身よりも手法に注目します。北朝鮮の国民が外部の報道機関に証言するなんてありえないし、仮にそんなことがあったとしたらそれはヤラセです。ではBBCはどうしたか。
 もちろんBBCの記者は現地に入っていない。
 証言内容はすべて、北朝鮮に情報網を持つとされる韓国の市民団体「デイリーNK」を介して伝えられました。証言した3人は仮名です。仲介にどんな方法が使われたかは明らかにされていない。なにしろ証言したことがバレれば、あの国では死刑にもなりますから。

北朝鮮の地方の一風景
(Credit: Roman Harak, Openverse)

 仮名の証言者の、検証できない証言を、仲介者を介して入手している。
 だからウソや誇張が入っているかもしれない。しかしBBCは韓国の専門家の意見を聞き、さまざまな周辺情報と照らし合わせて可能なかぎりの検証していました。
 ぼく自身が3人の証言を「ほんものだろう」と思うのは、検証内容からではなく、証言がいかにも「不十分」だからです。饒舌ではないし、肝心なところのディテールがない。そうした不十分さ、食い足りなさにこそ、真実性があるのではないか。言い換えるならBBCは「わからなさ」を大事にしている。そうすることで報道の信憑性を担保している。
 そこを評価する視聴者は少数です。
(2023年6月27日)