いらっしゃい自閉症

 自閉症を歓迎する町があります。
 アメリカ、アリゾナ州のメサです。市職員の80%が、自閉症にどう接すればいいか専門的な訓練を受けました。市内の60の団体も歩調をそろえ、2019年、世界最初の「自閉症対応認定の市」になっています。自閉症の人がどこに行っても、より安心して暮らせる町という意味です(Mesa: The US’ first autism-friendly city. 30th May 2023. BBC)。

 自閉症の子がいる家族の87%は、旅行をしないという調査があります。
 自閉症の子を連れて自宅から外に出るのは、たいへんな苦労とストレスを伴うからです。自閉症といってもさまざまですが、まわりの人との会話がむずかしく、音や光に過敏だったり、決まりきった行動ができないとパニックを起こす人がいる。でもそこをわかったうえで、ちょっとした忍耐のこころがあり、接し方をくふうすればずいぶん平和な関係が築けます。
 そういうこころがけの人たちがいれば、自閉症の子も出かけやすい。こう考えた市民が先頭に立って、メサの“自閉症受け入れ”がはじまりました。

アリゾナ州メサ
(Credit: Dougtone, Openverse)

 はじめは旅行客の受け入れだったようです。
 旅行会社のスタッフが、IBCCESというちょっと長ったらしい名前の、自閉症への対応を訓練するプログラムを受けました。国際的に認められた、自閉症を含む「あらゆる神経多様性」への対応を目的としたプログラムです。同時にホテルやレストラン、娯楽施設などでの取り組みも進んだ。研修を受けた旅行会社のスタッフはいいます。
「“見えない障害”があるとは知らかなった。でもどうすれば相手を驚かせたり困らせることなく、どんなふうに気を配ればいいかわかるようになりました」
 その結果、たとえば市内にある自然史博物館は恐竜の展示を変えました。訪問者によって光や音が過剰にならないようにする、消音ヘッドホンを用意したり、さらに疲れたら休憩できるよう「音のしない部屋」を用意する、といったふうに。

 観光業界がうまくいったので、メサ全体が自閉症対応に向かいました。市民と接する職員、警察や消防など全スタッフの80%が研修を受け、“見えない障害”への理解を進める。こうしてメサは、いまや世界でもっとも進んだ“自閉症受け入れの町”になっています。

(Credit: rodrigo leza, Openverse)

 ぼくはかつて北海道浦河町が「精神障害者受け入れの町」になることを願って、そうしたらどうかとあちこちで話したことがありました。精神障害者といって抵抗があるなら「哲学の町」という看板でもいい。哲人でもある精神障害者が町民とともに生きる町。なんてかっこいい世界最先端のイメージか。と思ったけれど、誰も見向きもせずむしろ反発がありました。残念だったなあと思い出します。
 メサがうらやましい。
(2023年6月1日)