イカの闇

 そのイカには、ウイグル人の恨みがこもっているかもしれない。
 ジャーナリストで活動家のイアン・ウルビーナさんが書いています。アメリカに中国から輸入される大量のイカには、遠洋での数々の違法行為や、海産物の加工段階でのウイグル人や北朝鮮人の悲惨な強制労働が伴っている。そこにはイカスミより濃い闇があるのではないか。これは中国から大量のイカを輸入している日本にとっても無視できない告発です(A Brief History of a Problematic Appetizer. By Ian Urbina. Oct. 22, 2023. The New York Times)。

 中国が南太平洋を中心に大規模なイカ漁を行っていることは、このブログにも書きました(2022年10月5日)。中国の漁獲量は飛び抜けて多く、漁船の数、漁獲量ともに10年で十倍から数十倍と、急激に伸びています。母船を中心とした大船団の「工業的漁業」を行っているので、イカが枯渇してしまうとまで心配されている。けれどさらに心配なのは、それにともなう違法行為や強制労働です。
「われわれの調査によれば、中国の漁船と海産物加工場には人権と環境への広範な侵害がある。中国の遠洋漁業船団はアルゼンチン沖を侵犯し、位置情報を隠すためにトランスポンダーの電源を切るなど、多くの犯罪を犯している」
 遠洋上で起きていることなので、実態の把握はむずかしい。アメリカの取締当局も政治家もこの問題には及び腰です。
「中国は加工工場でもウイグルなどのイスラム少数派を使った強制労働を行っている。アメリカは2018年以来、そうした違法な強制労働でできた海産物4万7千トンを輸入してきた。輸入イカの17%は違法行為が関与しており、それは軍や学校の給食にも使われている」

 レポートの最後で、ウルビーナさんはいいます。
「あなたがレストランで食べるイカには、こんな物語がある。アペタイザーのカラマリ(イカのフライ)を食べるとき、それがどのようにしてそこにあり、そのためにどんな代償が払われているかを、どうか考えてほしい」
 中国が猛烈な勢いでイカをとりつづけていることは知っていました。でもウイグル人の強制労働があるとは知らなかった。イカに罪はないけれど、食べるのを控えたくなります。

 食卓には、ますます多くの食べ物がますます遠い世界から届くようになりました。そしてますます複雑な流通経路が介在している。その過程のどこでどのような不法や虐待があるか、消費者はほとんど知ることができません。罪悪感だの後ろめたさを感じることができないようになっている。流通を支配する人びとは、消費者に罪悪感を感じさせないための巧妙なしくみすら築いています。
 ぼくらにできることは、まず「輸入イカには闇がある」と覚えていることでしょう。
(2023年10月27日)