ニューノーマルの正反

 コロナが定着し、ニューノーマルといわれるようになりました。社会や環境に大きな変動が起き、それが定着したときによく使われることばです。
 この夏の異常な暑さも、毎年つづけばニューノーマルになる。カナダで起きた山火事でアメリカの空が暗くなるのも、サケやサンマがとれなくなったのもみんなニューノーマル。このことばには、ひどいことになった、どうすることもできないというあきらめがあります。
 でも、そこから抜け出しましょうよと、環境ジャーナリスト、マイケル・コレンさんがいっていました(Why you should tell your children about vanishing fireflies. By Michael Coren. August 29, 2023. The Washington Post)。

 コレンさんは、多くの人に話を聞いています。
 ニューノーマルのもとでは、集団的な記憶喪失が起きる。それ以前がどうだったかを、みんな忘れてしまう。川からサケがいなくなり、森のヘラジカがいなくなるとともに、文化も記憶も消えてしまう。ニューノーマル以前の私たちの世界がどんなふうだったかを、どうすれば覚えていられるだろうか。

 ブリティッシュ・コロンビア大学の海洋生物学者、ダニエル・ポーリー教授は、ニューノーマルではなく「基準変動(shifting baselines)」ということばを使います。
「いつのまにか基準が変わっている。むかしより資源の減った状態が、やがて当たり前になってしまう」
 以前の基準を覚えている人が、それを数字ではなく物語にして語ることが大事ではないか。

 コレンさん自身は、まず外に出ることだといいます。
 フロリダで育った子ども時代、母や祖母が自然のなかに連れ出してくれた。だから森のカニや昆虫の群れに興味を失うことはなかった。そういう自然への親しみは、天性のものではなく親が子に与えることができるものだそうです。だからもし夏の夜、ホタルの群れを見たら、自分が覚えていることを子どもたちに話すといい。無数のホタルの、あのクリスマスツリーのような豪華な輝きを。子どもたちはどうすればホタルを取りもどせるか、考えるかもしれない。

ハクトウワシ

 いまはメイン州に住むコレンさんは、こうもいっています。
「基準は、いつも後退するわけではない。メイン州で私はよく、ハクトウワシが湖の魚を求めて飛んでいるのをながめている。でも1960年代、私の親たちはそんな光景を見ることはなかった。当時アメリカにはハクトウワシが800羽しかいなくて、メインでは見られなかったからだ。いまは31万6千羽。それが子どもの世代のニューノーマルになる」
 悪いことばかりではない。いい方向へのニューノーマルもある。
 青い湖の上を悠々と飛ぶハクトウワシ。なんだか夢に出てきそうです。
(2023年9月1日)