ポルトガル論争

 薬物対策には「処罰より治療」を、という「ポルトガル・モデル」について、何度かこのブログに書きました(2021年4月5日、2023年7月14日、8月3日ほか)。
 2001年、世界に先駆けて麻薬や覚醒剤などの薬物を合法化したポルトガルは、処罰より治療を進めることで死亡者を劇的に減らすなどめざましい成果をあげました。ヨーロッパの多くの国がこれにならい、アメリカでも3年前にオレゴン州が麻薬を事実上合法化しています。
 ところが最近、ポルトガルでもオレゴンでも麻薬関連の犯罪や死亡者が増えています。「処罰より治療」路線への疑問が強まりました。

 これに、薬物専門のコラムニストで、かつて薬物依存の当事者だったマイア・サラヴィッツさんが反論しています。薬物使用が悪化しているのは、十分な対策を取っていないからだ、ポルトガル・モデルは否定されていないと(Portugal Has Succeeded Where We’ve Failed With Addiction. By Maia Szalavitz. Aug. 29, 2023. The New York Times)。

 サラヴィッツさんによれば、アメリカでは刑務所に収容された麻薬使用者は治療を受ける機会がほとんどありません。オレゴンで麻薬が合法化されたといっても、大量に持っていたり、暴力を振るったりすれば検挙される。そういう人は重度の依存症が多く、いちばん回復プログラムを必要とするのに刑務所にはそのしくみがない。たとえばこういう支援の不備が死亡者の増加につながっている。
 薬物対策の予算が支出されるようになった去年の後半から、回復プログラムを受ける人は44%も増えました。
「優先順位を、質の高い治療と回復に必要な住宅などの支援を進めること。対策には時間がかかる。私たちの失敗は、薬物使用を犯罪とみなした百年にあるのであって、それを終わらせたことにあるのではない」

 ポルトガルについても、事態はいわれるほど悪化していないとサラヴィッツさんはいいます。
 過剰服用による死亡は増えているけれど、2021年の死者は100万人あたり7人で欧州連合全体の18人よりずっと少ない(アメリカは321人)。ポルトガルの問題は、2012年以来、回復を支援するための予算が79%もカットされたことにあるのではないか。

 こうした主張を聞くと、なるほどとぼくの見方は変わります。
「処罰より治療」路線は見直しが必要と批判されるけれど、基本がまちがっているわけではない。そもそも薬物対策の根源には「依存」という人間存在の深遠な現象があるので、これを司法や行政が解決することはできません。薬物と依存については、右往左往しながら、とりあえずいまできる対策を取りつづけるしかないでしょう。そういう試みが、米欧の少なくとも一部のコミュニティではくり返され、そこにかかわる人びとを鍛えつづけています。
(2023年8月31日)