声を荒げるな

 台湾は、こう考えればいいのか。
 最近ではいちばん腑に落ちる論考がありました。現地を取材したコラムニスト、ニコラス・クリストフさんの寄稿です。軍事、外交以前に、ぼくらはまず台湾の人びとのいうことに耳を傾けなければならない(What Worries Me About War With China After My Visit to Taiwan. By Nicholas Kristof. Jan. 27, 2024. The New York Times)。

 クリストフさんは、台湾をめぐってアメリカに強い危機感があることに危機感を覚えています。中国が台湾に武力侵攻し、世界戦争が起きるという不安がアメリカにある。それはほんとうだろうか。この問題をどう考えればいいか、台湾でさまざまな人にインタビューし、現地の空気がアメリカとずいぶんちがうことにとまどっています。
・・・台湾の蔡英文総統は、中国は国内問題が忙しいから台湾侵攻どころではないというし、馬英九前総統も「中国は台湾相手に戦争を起こす気分にはない」と私のインタビューに答えている。台湾指導部の多くが、アメリカの支援には感謝するが、現地情勢を踏まえない短絡的な中国バッシングは困ったものだといっている・・・

 アメリカはどうすべきか。
 クリストフさんは、現状を強固に維持することだといいます。
「次期総統に選出された頼清徳氏は賢くもいっている、現状を維持すると。めんどうくさくて、また不満足であっても。アメリカもまたそうすべきだろう」
 めんどうくさくて不満足というのは、アメリカも台湾も、態度をはっきりさせないということです。台湾は中国からの独立を宣言しない。でも中国に屈するともいわない。アメリカは台湾に軍事介入するとはいわない。でも介入しないともいわない。そういうあいまいな、よくわからない状態を強固にすること。
 いわゆる戦略的あいまいさを維持しつつ、台湾は防衛力を強めて軍事侵攻を抑止しなければならない。それを静かに、中国を不必要に刺激しない形で進めようとクリストフさんはいいます。

 これが台湾戦略のカナメだという論に、ぼくは納得します。
 世界の最新鋭半導体の90%を生産する台湾の巨大企業、TSMC(台湾積体電路製造)のマーク・リウ会長もクリストフさんにいったそうです。
「黙って、やりましょう」(”Do more. Talk less.”)
 めんどうくさくて不満足な路線を、黙って進める台湾。これこそは強権国家中国がいくら声を荒らげても拳をふりあげても対抗しきれない、もっとも現実的な対応です。
 けれどワイルドカードがひとつあると、クリストフさんは指摘します。
 11月の選挙でトランプ大統領が再選されれば、静かな現状維持は終わる。無知と傲慢が、台湾海峡にこれまで以上の緊張をもたらすことを恐れます。
(2024年1月30日)