安全な薬物センター

 禁止するより、安全に摂取させたほうがいい。
 最悪の状態に陥っているアメリカの薬物対策について、専門家であるマイア・サラヴィッツさんがこう主張しています(Do Safe Injection Sites Increase Crime? There’s Finally an Answer. By Maia Szalavitz. Nov. 16, 2023. The New York Times)。

 合成麻薬などの危険な薬物の過剰摂取で、アメリカでは毎年10万人以上が命を落としている。取り締まりと処罰によって薬物をなくそうという動きはとっくに失敗し、薬物は事実上野放しです。そこで出てきたのが、「やめさせる」のか「やめる」のかの分岐点でした。本人にはどうすることもできないのだから、社会が「やめさせる」か、それとも、できるだけの支援をした上で本人が自発的に「やめる」のを待つかです。ヨーロッパにはじまり、カナダ、アメリカに広まっているのは後者の、「やめる」方向でした。

路上で麻薬を使用する若者(カナダ、バンクーバー)
(Credit: Ted’s photos – For Me & You, Openverse)

 どうすれば「やめる」に向かえるか。そこで出てきたのが、とにかく安全に使ってもらう、死亡事故を減らす、「ハームリダクション=害を減らす」と呼ばれる考え方です。過剰服用や感染症による死亡事故を減らし、とにかく生きていてもらう。そのうえで、どうにかして信頼関係を作り立ち直りを模索する。

 ハームリダクションをさらに進めたのが“安全薬物摂取センター”です。正式には「薬物過剰摂取防止センター(overdose prevention center)」、そこに行けば医師や看護師の見守りのもとで、安全に麻薬や合成麻薬が摂取できる。世界中にこうした安全接種センターが200か所ほどあると見られています。

バンクーバー市の「過剰摂取防止センター」(2020年)
(Credit: Ted’s photos – For Me & You, Openverse)

 保守派からは強い批判がありました。
 接種センターは薬物を禁止するのではなく、奨励しているようなものだから、周辺の風紀は乱れ犯罪が増加して町は荒廃する。
 しかし現実はそうならなかった。ニューヨーク市の2つの安全摂取センターを調査した結果によれば、周辺の犯罪はまったく増えていない。それどころか警察による薬物関連の逮捕者は83%減っている。おそらく薬物摂取そのものが減っているだろうと、薬物依存の元当事者でもあるサラヴィッツさんはいいます。
「2つのセンターは4千人が延べ9万回使用した。1100例の過剰服用が救われ、死亡者はゼロだった」
 サラヴィッツさんは、安全接種センターについて的確な理解を進めるべきだと訴えています。

 こうした動きは、薬物に対して「絶対ダメ」といい、かたくなな厳罰主義を貫く日本では想像がつきません。薬物がない日本は安全で住みやすいと思う一方で、ぼくらはそうなることと引き換えに、この社会に、国家というものに、何を奪わているのかと考えることがあります。
(2023年11月17日)