感情の格差

 人口が80億を超えたこの地球は、ますます“すさんだ”世界になっている。
 それは「感情の格差」が広がっているからだというコラムを読み、考えました(The Rising Tide of Global Sadness. By David Brooks. Oct. 27, 2022. The NewYork Times)。

 感情の格差(emotional inequality)、聞き慣れないことばです。
 これは、ぼくらがよく耳にする格差が経済的なへだたりをさすのに対して、別の概念であることを強調しています。金持ちか貧乏かではなく、幸福か不幸か。より正確には、幸福であると感じるか不幸であると感じるか、その感じ方の差が広がっているということです。

 感情の格差を示す材料として、著者のデビッド・ブルックスさんはこんな数字をあげています。
 1965年から2015年にかけ、15万曲のポップソングの歌詞から「愛」ということばが半分に減り、反対に「ヘイト」のようなことばが増えている。また2000年から2017年に出た新聞47紙、2千300万の見出しを分析すると、怒りや恐怖、嫌悪や悲嘆を表すことばがあきらかに増えた。
 世界140か国で世論調査を行っているギャラップ社は、毎年何万人もに質問しています。いまの暮らしを評価し、最高を10、最低をゼロとしたら、自分はいくつだと思いますか。16年前、ゼロと答えた人は1.6%でした。それが去年は4倍にまで増えています。別の調査では、自分はもっとも不幸だと答えるアメリカ人が30年で50%も増えました。

 アメリカや日本だけでなく、多くの社会で「自分は不幸だ、みじめだ」と感じる人が増えています。そうした負の感情の強まり、感情の格差の広がりが、ポピュリズム、分断と対立で燃えあがる政治をつくりだしています。
 ブルックスさんはいいます。
・・・私たちは感情の格差の世界に生きている。ギャラップが調査は世界の人びとのトップ20%は最高度の幸福と暮らしを享受し、最低の20%は最悪を経験しつづけていると示してきた。これは正義ではなく不安な状況だ。世界の感情的な健康は壊れつつある・・・

 世界がますます荒れすさみ、多くの人が不機嫌になっているとぼくらは感覚的に知っています。それは経済で解決できる問題ではない。だからおたがい寛容になろう、共感を持って対話を進めようというような訴えが出てくる。それも大事だけれど、やはりすべてのもとには「正義」が必要なのではないか。正義なんてことばをふりかざすのは危険だし、できればしたくないけれど、そこに正義がないかぎり納得できないときがある。いや正義がないと「感じる」かぎり、人は感情の格差を解消できないということではないか。
 そのようなことを、ブルックスさんの論を読みながら考えました。
(2022年11月16日)