最期にある緊張感

 医療の助けをえて死ぬ。
 医療幇助死、MAID(Medical Assistance In Dying)と呼ばれる死のあり方がまたカナダで話題になりました。
 にわかには信じられない話ですが、この“重苦しい話”を、明るさの極みであるファッション小売産業のラ・メゾン・シモンズ社がビデオにしたのです。日本でいえば、「イオンが尊厳死のビデオをつくった」ようなものでしょうか。

 カナダの放送局CBC(11月9日)によれば、「オール・イズ・ビューティ」という題の型破りのビデオは、37歳の女性、ジェニファー・ハッチさんが主人公でした。ハッチさんはエーラス・ダンロス症候群という病気の重症なタイプらしく、MAIDによる死を選択しました。亡くなる前の9月、彼女の姿とことば、パフォーマンスをシモンズ社がビデオに撮影しています。
 映像は深刻というよりは美しく、100万回を超す視聴がありました。3分ほどの動画が以下のサイトにあります。

 音楽家であり、音楽療法で多くの人の苦難に向き合ってきたハッチさんは、MAIDについてずっと友人と話しあい結論を出したようです。いまは「美と自然とつながり」に満たされているといっていました。
 ビデオをつくったシモンズ社のピーター・シモンズさんはいいます。
「われわれは未知の世界に向かいました。彼女の人生哲学を正当に扱ったことを、われわれの誰もが誇りに思っています」

 オタワ大学の生命倫理学者、デビッド・ライト准教授は、ビデオのなかでハッチさんが「どんなに痛みがあっても、美しいものが残っている」といったことにふれ、こういっています。
「誰もが美しい死を迎えたいと思っても、めったにそうはなりません。最期はだいたい混乱していて美しさと無縁です。ファッション産業が描く場合であっても、生命の終わりを緊張感とともに捉えたときはじめて現実味を持つのです」
 ファッション産業がつくったものであっても、このビデオは死の現実を無視したものではないということでしょうか。

 カナダでは去年、1万人以上がMAIDによる死を選択しました。全死亡者の3%にもなるといいます。一部にまだ根強い反対もあるけれど、社会的にはMAID、医療幇助死は定着しつつあるといえるでしょう。
 日本ではMAIDが選択できないし、議論すらないことにぼくは強い閉塞感を覚えます。
(2022年12月5日)