日本発祥の「小さな森」が、世界に広がっています。
都市のなかに、テニスコートくらいの大きさでいいからたくさんの木を植える。横浜国立大学の生態学者だった宮脇昭博士の提唱する「ミヤワキの森 Miyawaki Forest」です。これがアジアやヨーロッパだけでなくアメリカでも広がっている。原型は鎮守の森だそうです(Tiny Forests With Big Benefits. Aug. 24, 2023. The New York Times)。
ただの植樹や緑地を増やす運動ではない。ミヤワキの森は生態学という科学にもとづいた森作りです。
ポイントは小さいこと。バスケットボールやテニスのコートくらいの大きさがあればいい。そこをしっかり掘り起こし、地元に自生する木の苗を密に植え込む。すると木はたがいに競争して伸び、通常の10倍の速さで成長します。急激に木の葉が繁るので、地表の雑草は伸びきらず抑制され地中の微生物が繁殖する。密に育った木は、年月とともに自然の森に変貌します。
実際にどんな木をどう植えるか、最初の3年はどう管理するか、どこから放置するか、たくさんのノウハウがあります。鎮守の森から学んだノウハウが。
町全体が戦災や大火で焼けても、鎮守の森だけは残っていることが日本では知られていました。それは人工林のような単一種の木の集まりや、町の並木や公園のようなきれいに刈り込んだ木の集合ではないからでしょう。多様な生態系を維持するしくみです。宮脇博士はこれを研究し、小さいけれど生命力が強く、生物多様性を実現できる「ミヤワキの森」を提唱しました。1970年代のことです。
それが2010年代にネットで広がり、世界の環境活動家のこころを捉えました。
ヨーロッパでは2015年、オランダのアムステルダム郊外に最初のミヤワキの森ができました。数年後にはこれが200か所に増えている。環境団体のアースウォッチ・ヨーロッパは、イギリスとヨーロッパ各地でこの3年間に200か所ものミヤワキの森を作ったといいます。中東やアフリカにも広がり、アメリカのマサチューセッツ州にも2年前、米北東部で最初のミヤワキの森ができました。
鎮守の森が、神社や神道抜きで世界に広がったのですね。
宮脇博士は2021年に亡くなりましたが、ともに研究を進めてきた藤原一繪・横浜国大名誉教授はいいます。
「ミヤワキの森は大海に落ちる一滴のしずくかもしれない。でも世界各地で都市の砂漠を再生させれば、それは川になります」
ただ鎮守の森を広げるのではない。それを科学の力で生かし、地球を守る森に変えた宮脇博士に畏敬の念を覚えます。
(2023年8月30日)