産後精神症で、子どもを殺した母親は刑事責任を問われるか。
自分の子ども3人を殺した母親の裁判が、全米のニュースでくり返し取りあげられています(Why the Lindsay Clancy Case Is Dividing Americans. By Shaila Dewan. Aug. 22, 2026. The New York Times)。
殺人罪に問われているのは、マサチューセッツ州ボストン郊外の看護師、リンゼイ・クランシーさん36歳です。クランシーさんは2023年、第3子を出産したあと、うつと思考の混乱、自傷行為や自殺念慮などがありました。幻聴にいわれるままに、5歳と3歳、8か月の3人の子を自宅で絞殺したとされます。

産後精神症(産褥期=さんじょくき=精神病)は、産後うつとちがい、より重度の精神症です。出産千例に1~2例あるけれど、子どもの殺害にまでいたる例はめずらしい。
裁判の解説記事を書いたのは、精神担当ではなく司法担当の記者でした。
つまり争点は産後精神症そのものではなく、そういう精神症のもとでの行為を罪に問えるかどうかです。心神喪失だから自動的に無罪というわけではない。
検察側は、クランシーさんは精神症だったとしても冷静で計画的な殺人を行っている、だから有罪だと主張します。
弁護側は、クランシーさんは正常な思考も判断もできなかった、周囲に不調を訴えたけれど治療を受けることができなかった、だから無罪だといっている。
裁判は、近く陪審員が評決を下します。

裁判所の前には、クランシーさんを支援する数百人もの女性が集まりました。産後精神症を経験した人もいます。彼女らはクランシーさんの無罪を主張するとともに、この事件はクランシーさん個人が起こしたものではなく、社会が起こしたものだと主張する。クランシーさんが産後どれほど不安定だったか、だのに妊産婦の精神保健をケアする体制がいかに軽視され、不足していたか。彼女に少しでも精神的ケアがあれば、事件は起きなかった。
支援者のひとりはいいます。
「人が犠牲にならないと精神保健に目がいかないなんて、おかしい」
産後精神症はまだ十分に知られているとはいえません。クランシーさん自身、看護師でありながら長年そんなことがあるとは知りませんでした。
過去にはたくさんの犠牲があったのに、それが産後精神症と結びつけて考えられることはなかった。不当な非難のもとに沈んでいった母親たちがたくさんいたのではないかという疑念が浮かびます。
(2026年8月26日)
