産後精神症裁判の後に

 産後精神症による「殺人」ついて、2回このブログに書きました(8月26日,9月4日)。
 マサチューセッツ州のリンゼイ・クランシーさんという36歳の女性が、産後精神症で自分の子ども3人を絞殺した事件です。陪審が結論を出せず、裁判は無効となりました。
 再度の裁判は予定が立たず、クランシーさんは未決囚のまま勾留されています。

 その後、陪審員がメディアの取材に応じ、議論の中身がわかりました。
 ニューヨーク・タイムズ(9月18日ほか)などによれば、12人の陪審員のうち11人はクランシーさんを無罪とした。けれど男性ひとりが強硬に有罪を主張し、評決がまとまらなかったそうです。
 男性は、トランプ大統領の支持者でした。

 つまりこういうことだったと、ぼくは解釈しています。
 女性8人、男性4人、計12人の陪審員はほとんどが産後精神症で子どもを絞殺したクランシーさんを無罪と考えた。
 けれどマッチョな男性ひとりが、病気なんて関係ない、犯罪だと決めつけ、合計36時間の協議でもほかの陪審員の意見に耳を貸さなかった。彼はトランプ支持者のあいだでヒーローとたたえられています。
 11対1なら、ふつうは多数派の議論が通る。でも評決は全員一致でなければならないから、結論は出ず裁判は無効になりました。

 トランプの国、アメリカじゃしょうがないと思う一方で、産後精神症が12人のうち11人に理解されたことには救いも感じます。

 クランシーさんは5歳と3歳、8か月の3人の子を自宅で絞殺しました。犯行当時は重度のうつと思考の混乱、自傷行為や自殺念慮があった。犯行の前、彼女は何度も日記に書いています。自分は「恐ろしい思考にとらわれている」と。子どもを殺して死ねという妄想であり、幻聴でした。
 犯行後に自殺しようとして2階から飛び降り、半身不随でいまも車椅子生活です。

 裁判で裁かれるべきはクランシーさんではなく、彼女に適切な治療を提供できなかったアメリカの精神保健体制でしょう。裁判所の前に詰めかけた数百人の女性たちはそう主張している。
 産後精神症を理解している専門職が、クランシーさんの出産に多少ともかかわっていたなら悲劇は避けられたかもしれない。
 裁判は結論を出せなかった。けれど精神科から見た結論は明確です。
 千にひとつとではあるけれど、産後精神症は存在する。周産期にかかわる専門職はそれを知っていなければならない。
(2026年9月23日)