ウソと陰謀論について書いてきましたが、それは先週アメリカで広がった最新のウソに触発されたからでした。え、こんなウソが広がるの?と感心しました。どういうウソがどんなふうに広がったか。
はじまりは先月末、米連邦議会下院の議長であるナンシー・ペロシさんの夫、ポール・ペロシさんが自宅で暴漢に襲撃されたことです。陰謀論を信じる右翼とみられる男がポールさんをハンマーで殴り、頭蓋骨骨折の重症を負わせました。最初、男は「ナンシーはどこだ」と叫んでいたというから、下院議長をねらったテロだったことは明白です。
ところが事件直後、これは政治的なテロなんかじゃなく、ゲイ同士のもめごとだったというデマが広がりました。
11月5日のニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストによれば、デマのもととなったのは地元の保守系ローカルテレビ局KTVUが、事件当時「犯人は下着姿だった」と報じたことでした。翌日には全国放送のNBCも、これは襲撃というより内輪もめだったというニュアンスの報道をしています。
下着姿? 内輪もめ?
そう聞いた人は誰もが、「てことは、2人はゲイ同士だったのか?」と思ってしまう。
KTVUもNBCも、すぐにこの報道を取り消しました。でも遅かった。
下着だったんだってよ。下院議長ともあろう人の伴侶が、妻のいないあいだに愛人の男を引き込んだんだ、というような憶測が保守系メディアに燎原の火と広がった。それを共和党の国会議員多数がリツイート。トランプ前大統領やイーロン・マスク氏も、事件はヤラセだったとか、男が男を買った買春だなどと放言し“お祭り”に参加しています。
テレビ局がいくら取り消しても、いったん広がったツイートは消えない。デマは真実として、多くの共和党員のあいだに定着しました。
ジャーナリストのぼくから見ると、誤報を出した放送局はまちがいなく「匿名の情報源」に踊らされている。巧妙なニセ情報に引っかかったのでしょう。引っかけた方もなかなかの腕前です。
そういうデマで世の中は動く。投票結果が左右され、アメリカという国になります。
でも笑うことはできません。ぼく自身、これまでいろんなウソやデマに惑わされてきたし、自分が信じたいことだけを信じ、見たいことしか見ない傾向がありましたから。
他人の不幸ではなく、ウソや陰謀論こそがほんとうの蜜の味。その感覚がいまなおぼくのなかにはあります。あるけれど、一方で自分がそういうものに振りまわされる存在だということを忘れないでいたいとは思っています。
(2022年11月9日)