セラピー、しすぎじゃない?
精神療法や心理療法が普及しているアメリカで、セラピーを安易に考えないでほしいと専門家が訴えています(I’m a Therapist. Not Everyone Should Be in Therapy. By Harvey Lieberman. July 5, 2026. The New York Times)。
セラピストとして50年以上の臨床経験があるハーベイ・リーバーマン博士は、セラピーは治療であり、人生相談とはちがうといいます。
「臨床の場に亀裂が広がっている。セラピーを受けるのに数か月待たなければならず、多くのセラピストは過労状態だ。真に治療を必要とする患者はなかなかセラピーを受けられず、たんに人間関係を取りもどしたい人がやってくる」

アメリカでは2019年、10人に1人がカウンセリングやセラピーを受けていました。それが2024年には7人に1人にまで増えています。
みなが依存症や不安症、気分障害などの精神症ではない。
「私の周囲ではどこでも、人生ではよく起きることが治療の対象にされている。精神科医のアレン・フランシスは“診断インフレ”といっているほどだ」
精神科の対象ではないものが精神科にはあふれている。
人生に問題が起きたからといって、すぐセラピーを考えないでほしい。
「セラピーを受ける前に、だれか信頼できる人に相談してみたらどうだろう。地域活動に参加してもいい。意味のある人間関係は1日や2日ではできないが、小さなところからはじめて深い関係にいたることもある。そこに希望がうまれるかもしれない」
つねに専門家に頼るのではなく。
「多くの人が納得できる助けは、公的な保険医療制度ではなく、目に見えない友人や隣人との私的なつながりがもたらすだろう」

日本ではかつて、精神科は人目をはばかって受診するものでした。いまでもそういう人はたくさんいるけれど、最近は精神科の敷居もだいぶ低くなっています。
ただ、大部分の精神科はいまだに薬物中心の治療を進めている。セラピーという概念は精神科では補助手段、ワーカーが担当する余技というイメージかもしれません。けれど精神科の多くは、投薬ではなくトークで、セラピー中心で考えるべきではないか。
セラピーの過剰がアメリカで問題になっているとしても、日本の精神科では逆にその不足が問題のはずです。
もっとセラピーを。できることならその中心を専門家ではなく当事者にして。
(2026年7月8日)
