十代の若者たちの精神保健に、何か問題が起きているのではないか。
こんな議論がアメリカで盛んです。CDC(疾病予防管理センター)が女子生徒の3人に1人は自殺を考えているといい、小児科学会が児童精神は「全国的な危機」といっているから、根拠のない話ではない。そう思って気にしていたら、自殺防止に取り組む精神科の現場を取材した長文のルポがありました(How Do You Actually Help a Suicidal Teen?. By Maggie Jones. May 17, 2023. The New York Times)。
現場は、長年若者の自殺防止に取り組んできたピッツバーグ大学病院の精神科です。自殺したいという思いを持ち、実際に自殺未遂をくり返す十代の若者にどう対処するか、精神科医やセラピスト、ワーカーの取り組みが紹介されていました。STAR (Services for Teens at Risk)と呼ばれる、十代の子どもの自殺や自傷防止に特化したプログラムは、グループでのミーティングや認知行動療法などさまざまな手法を取り入れています。
スタッフのひとり、精神科医のダニエル・ベンダーさんはいいます。
「専門家としての感覚じゃなく、現実に何が起きてるかを見る感覚が大事。彼らのすべてをわかろうとはしないが、彼らの物語に近いグレーゾーンにはたどり着けるかもしれない」
このルポには多くの患者と、彼らとかかわる医師やワーカーが出てきます。それを読んで、日本でもアメリカでも自殺を考える若者はおなじような苦労をしているとよくわかりました。そしておなじようではあるけれど、一人ひとりちがうということも。その一人ひとりの物語を読み取る、そこには日本もアメリカでもおなじ困難があります。その困難に向き合いながら、自分は「彼らのすべて」はわからないが、「グレーゾーンにはたどり着けるかもしれない」というベンダー医師は、自らの力の限界をわきまえた、なかなか力がある精神科医だと思いました。
そういう人だから、医師になったばかりのころは途方にくれたといいます。患者を治せない、薬も認知行動療法もうまくいかない、子どもたちを救うことができない。いったいこれは何なんだと、怒りに近い思いにかられました。
「自分には何ができるのか、そう問いかけてはじめてこの仕事はできる。子どもたちを“治す”って、“ほんとに治す”って、どういうことか。そんなことできないんじゃないか」
おお、治すより悩む。これはなかなか、どころか、きわめて優秀な精神科医にちがいない。
このルポの全体から浮かび上がるのは、自殺対策ではみんな苦労しているということ、それを防ぐ単一の解決法はないし、解決といえるものがあるかどうかもわからないということです。結論がないからどこか中途半端で、精神科になじみのない人にはもの足りないかもしれない。でも、だからこそ、ぼくは安心して読むことができました。
(2023年5月23日)