先週、熊本県で台湾企業の半導体工場が完成し、ニュースになりました。
TSMC(台湾積体電路製造)の、日本最初の工場です。けっこう大きな出来事だけれど、日本の報道はなんだかピントがズレている気がしました。
ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、ニコラス・クリストフさんがTSMCを現地で取材し、トップにもインタビューして記事を書いています。それを読むと、日本の報道ではわからないTSMCの別の姿が見えてきます(Visiting the Most Important Company in the World. By Nicholas Kristof. Jan. 24, 2024. The New York Times)。
クリストフさんはいいます。TSMCはほぼまちがいなく、世界でもっとも重要な企業だと。
「TSMCが操業を止めれば、世界は恐慌におちいる。私が知るかぎり、歴史上そんな企業は存在しなかった」
トヨタがなくなろうがアップルがなくなろうが、ぼくらの暮らしはつづく。でもTSMCが止まれば、そうはいかない。
最先端の集積回路の90%は、TSMCが製造しています。それが止まればスマホも車も、もちろんパソコンも作れない。いまやあらゆる国のあらゆる産業が、台湾の1企業に生殺与奪の権をにぎられたかのようです。その企業を、中国は近い将来武力で支配下に置くかもしれない。世界的な投資家として知られるウォーレン・バフェットさんは去年、TSMCへの投資40億ドルを引き上げたけれど、それはTSMCがあまりに中国に近いからだといいました。
危険を回避するために、TSMCは海外に目を向けています。
熊本にできた工場も、その一環でしょう。これから作る第2工場をふくめ、投資額は3兆円にもなる。日本政府も数千億円の補助金を出すというから、日本の半導体産業もこれで少し息を吹き返すかもしれません。
とはいえ、熊本で作る半導体は最先端ではない。半導体素子の密度が、線幅12から28ナノ(10億分の1)メートルの製品です。TSMCがアメリカに建設中の工場は4ナノメートルをめざすといい、TSMC本社は1.4ナノメートルを視野に入れている。そういう全体図を見ると、日本に新工場ができたといっても、台湾の下請けということではないか。
台湾の下請けがいけないのではありません。TSMCの一翼をになえるのはむしろ僥倖です。問題は、かつて半導体で世界のトップレベルだった日本が、どうして台湾や韓国にここまで差をつけられてしまったかでしょう。
さまざまな要因が考えられる。でもぼくは、ヨソモノ、ワカモノ、バカモノを排除してきた社会が、いつのまにか自分自身を変えられなくなったからだろうという気がしてなりません。硬直した社会には、「世界でもっとも重要な企業」を生み出す土壌がなかった。
クリストフさんのコラムは、そんなことを思わせてくれました。
(2024年2月27日)