檜舞台で、国歌の歌詞を“正しく変えて”歌う。
こんな離れ業を演じた歌手に称賛の声があがっています。
カナダのR&B歌手、ジュリー・ブラックさんです。彼女は先週日曜日、NBA、プロバスケットボールの試合にカナダのチームが出場した際、カナダ国歌を歌いました。そのとき、ひとつの決意とともに歌詞を変えたのです(Why singer Jully Black changed one word in Canada’s national anthem. February 21, 2023, BBC)。
変えたのはたった一か所でした。カナダ国歌、「おおカナダ」(O Canada)の冒頭部分、<Our home and native land!>を、<Our home on native land!>に変えました。
「and」を「on」にしただけ。
でもこれで、意味はだいぶ変わります。
あえて拙訳するなら、元の歌詞は「おおカナダ、われらの家、われらの地」くらいの意味ですが、それが「おおカナダ、われら先住民の地に暮らす」という意味になっている。
たった一語、「and」を「on」にしただけで、ブラックさんは国歌を「白人がやって来て作った国」への賛美から、「白人が先住民の住む土地を奪って作った国」という歴史認識へとずらしてしまった。カナダ人であれば、誰もがそうしたニュアンスを汲みとったでしょう。
なぜそんなことをしたのか。
トロント生まれのブラックさんは、しばらく前から国歌を歌わなくなりました。自分たちの歴史に深い疑念を抱いたからです。それはカナダ政府が、先住民の子どもに組織的な虐待を行ってきたというものでした。19世紀以降、カナダでは15万人の先住民の子どもが親から引き離され、寄宿制の学校に「収容」され、多数が死亡している。子どもたちの遺骨がここ数年、各地で発掘され大きな問題になったことはこのブログでも書きました(2021年6月4日)。
先住民の過去を忘れない。そのために彼女は国歌の歌詞を変え、NBAの舞台で歌いました。自分ひとりで決めたことだったといいます。
日本では、とてもこんなことは起きないでしょう。先住民や少数派への差別虐待が無数にくり返されてきたけれど、それが広く社会に認識されてはいない。近年はむしろ、そんなことはなかったという声の方が強くなっています。
でもカナダは、日本とはちがう。
国歌の歌詞を変えたブラックさんは、批判があることも知っています。それを踏まえたうえでこういいました。
「否定的な声が出てくるのは、対話ができるってことです。そうなれば、むしろこうしてよかったってことじゃないかな」
(2023年2月22日)