森が変わる

 遺伝子組み換えでできた木を植林する。
 こんな実験的な事業がアメリカではじまっています。いってみれば森全体を遺伝子組み換えの木にしてしまうようなもの。しかもそれが気候危機への対策でもあるという。遺伝子組み換え技術はこんなところにまでやって来たのかと感慨深いものがありました(For the First Time, Genetically Modified Trees Have Been Planted in a U.S. Forest. Feb. 16, 2023. The New York Times)。

 事業がはじまったのはジョージア州の南部です。ヴィンス・スタンレーさんという農家の広大な林野に今月、5千本の遺伝子組換えポプラの苗木が植えられました。
 このポプラは、ふつうのポプラにくらべ、成長が50%も速くなる遺伝子が組み込まれています。サンフランシスコのベンチャー企業、リビングカーボン社が開発しました。スタンレーさんは、ふつうだと樹木は育てるのに50から60年もかかるが、遺伝子組み換えなら30年で出荷できると期待しています。

 スタンレーさんとともに事業を進めているリビングカーボン社は、「成長の速い木」は地球温暖化の対策にもなるといいます。同社の設立者のひとり、マッディ・ホールさんは、「炭素を取り除くために先端科学と大規模投資を結びつけようとする企業はほとんどなかった」、だから自分たちがベンチャーを立ち上げたといっている。
 ただ専門家のなかには技術的に疑問とする声もあリ、環境団体からの批判もあります。新事業が思惑どおりにいくかどうかはまだわかりません。

 それにしても、隔世の感があります。
 遺伝子組み換え技術がここまで社会に入りこむとは。
 ぼくは報道記者をしていたころ、科学技術をめぐる専門家と一般市民の落差に何度もほんろうされました。脳死、HIV(エイズ)、放射能汚染や遺伝子操作といったテーマで、科学者が「こうすればよい」と合理的に考えても、恐怖や不信が先立つ一般市民は納得しない。しばしば社会は混乱し不合理な選択が行われました。
 それに対してぼくは、理をつらぬけばいいと思っていた時期があります。でもそれは必ずしもうまくいかない。遺伝子組み換え食品でも、そのことを感じました。

 当初市民のあいだにあった強い「アレルギー反応」は、その後年月とともに変わりここまで来たのでしょう。日本の場合はそれが議論を重ねたからというより、先を行くアメリカの実績を横目に見ながらの変化だったと思えるのが、顧みて残念なところです。
 遺伝子組み換えの森、「老老男男」支配の国ではまずありえないでしょうね。
(2023年2月21日)