解離・3

 長年のトラウマで、祥子さんのなかにはなにが起きていたのか。
 解離とはどんなものだったのか。
 とりあえず、1枚のイラストを見てみましょう。祥子さんが描いた「解離の身体感覚の図」です。当事者研究で本人はよくこのイラストを使っていました。

「解離の身体感覚の図」(祥子さん作成)

 解離を起こしている祥子さんには、外から自分を見ている「観宙(みそら)さん」だの、完ぺきにいい子を演じる「お姉さん」だの、猛烈な怒りをかかえた「ゴジラさん」などがいました。それらはなぜそこにいるのか、説明しだしたらきりがない。
 イラストは、曼荼羅のように凝縮されたものです。
 かなりの解説が必要なのはイラストが不十分だからではなく、祥子さんの解離が重層的で複雜な現象だったからです。

 ぼくはイラストの下にある、暗い部分が印象に残りました。

 縦の筋がいくつも引かれ、そこは「泥沼」とされている。泥沼には「ドブネズミさん(ねずみ子)」がいます。自分を殺し、いつわりの姿になった子ども時代の祥子さんは、いまから見れば泥沼のなかでもがくねずみでした。
 中学2年でこわれたとき、祥子さんは記憶をなくしています。その後、さまざまに試みながら記憶を取りもどしてきました。
 けれどもどらない記憶もある。一族を支配していた祖母が、自分を母親のもとから「拉致」していたころの記憶は、失われたままです。そのころがイラストでは泥沼になっている。

当事者研究で発表する祥子さん(5月)

 これを見て、「環状島」を思いおこしました。
 環状島は、トラウマを説明するモデルとして精神科医の宮地尚子さんが提唱したものです。トラウマは強ければ強いほど、核心の部分を語ることができない。沈黙の闇が中空構造をなしている。それが、海に浮かぶ環状の島の真ん中に、さらにまた深い内海があるモデルとして提示されていました。
 祥子さんも、おおまかにみれば環状島モデルにあてはまる。
 自分を殺していたころは真ん中の内海に深く沈んでいた。解離を起こして自分を助け出し、またトラウマを研究し語ることで、環状島を出ることができた。いまはイラストの泥沼がその痕跡をとどめています。

 祥子さんはその後、一本道をたどって回復したわけではない。その間の起伏と曲折の激しさが、PTSD、トラウマとはどういうものかを物語ることになります。
(2026年6月12日)