精神障害者が住民とともに暮らす。
そうなったらどんなに楽しいことか。夢のようですが、この地球上にそれに近い町がありました。ベルギー北部のヘール。ここでは住民が自宅に精神障害者を家族として迎え入れ、ともに暮らす伝統が根づいています。その姿が、ユネスコの無形世界遺産にも申請されています(A Radical Experiment in Mental Health Care, Tested Over Centuries. April 21, 2023. The NewYork Times)。
地域の住民が、自宅を精神障害者に開いている。
これはいったいどういうことか?
ニューヨーク・タイムズによれば、ヘールの住人は誰でも希望すれば自宅に精神障害者を受け入れることができます。ボーダー、間借り人と呼ばれる精神障害者は、家主家族の一員となって、家族とおなじ生活をする。
一見、下宿屋さんのようだけれどそうではない。食事や買い物などの日常生活は、家主家族といっしょにする。自分の部屋はあるけれど、台所やリビング、ダイニングでは家族として暮らす。だからグループホームともちがいます。無期限のホームステイのようなものでしょう。
人口4万人のヘールで、このようにして一般家庭で暮らす精神障害者はいま120人います。
どうしてこんなことが可能になったのか。
話は13世紀にさかのぼります。ひとりの聖人をたたえるた教会がこの地に建てられたのがはじまりでした。ディンプナという名の聖人は、カトリックの世界では精神障害者の守護聖人とされる。聖ディンプナの治癒力を求め、ヘールの教会には遠くから精神障害者がやって来るようになりました。はじめは教会に泊まっていた人びとがやがて周辺の農家に泊まり、やがて教会とは関係なく、町の人びとが彼らを受け入れるようになりました。
いまではこれが公的な制度です。受け入れ家庭には精神障害者ひとりにつき1日25ドルから30ドル(3千円~4千円)が国から支給される。もちろんそれだけでは不十分だし、そもそも精神障害者を自宅に入れるのはたんなる善意でできることではありません。公的な支援に加えて地域の力は欠かせない。彼らを受け入れるのはやはり、地域社会に精神障害への「慣れ」が根づいているからでしょう。
ヘールの実践は、精神科病院を中心とした従来の医療とはちがった方向をたどりました。そのために否定され、無視された時期もあったようです。しかし「施設から地域へ」という流れが決定的となったいま、ヘールは精神障害者にとって可能性にみちたひとつのモデルではないでしょうか。
これはぼくにとってきわめて興味深い話題なので、明日以降さらに考えてみます。
(2023年4月24日)