ヘールの伝統・2

 ベルギーのヘールで、一般家庭が精神障害者を家族として迎え入れていると、きのう書きました。これは先進的な精神医療の「病院から地域へ」「医療から生活へ」という流れに沿った、きわめて注目すべき実践です。
 多くの人が実現したいと思いながらできずにいたことが、なぜヘールではできたのか。精神障害にかかわる人なら、誰もが知りたいところでしょう。ニューヨーク・タイムズの記事からはいくつかの手がかりが読み取れます(April 21, 2023. The NewYork Times)。

 まず第一にいえるのは、24時間呼び出し可能なソーシャルワーカーがいること。
 一般家庭だろうがどこだろうが、ほとんどの精神障害者は「調子を崩す」ときがある。引きこもったり、非常識な行動に出たり、わけがわからなくなったりする。慣れればどうということもないけれど、慣れないとどうすればいいかわからない。そういうとき、ヘールには24時間いつでも連絡のとれるソーシャルワーカーがいます。必要ならすぐ来てくれる。だから一般市民でも安心して精神障害者とともに暮らすことができます。

ヘールにある聖ディンプナの教会
(この教会を精神障害者が巡礼で訪れるようになり、
住民が精神障害者とともに暮らす伝統が生まれた)
(Credit: Reedcat, Openverse)

 そして病院。
 精神障害者が地域で暮らすといっても、彼らを支える病院は必要です。調子を崩すだけでなく、ときに興奮したり逸脱したりで、病院での休息が必要になるかもしれない。ヘールの精神科病院にいるW・ボガーツ医師はいいます。
「家庭でのケアは精神科のケアでもある。だから精神科のすべてのスタッフがかかわります」
 町で暮らす精神障害者をみんなで応援している。いざとなったら病院に来ればいい。そういうしくみがあるから、彼らのホームステイは安定したものとなります。

 とはいえ、ソーシャルワーカーや病院よりもっと大事なのが、地域の空気でしょう。
 ぼくはきのう、ヘールでは「地域社会に精神障害への「慣れ」が根づいている」と書きました。この「慣れ」があるかどうかが、とても大事だと思うのです。
「理解」というより、「慣れ」。
 生身の精神障害者と町民がおたがいに入りまじっている。ヘールの長年のそうした日常が、地域全体に安心をもたらし、ひいては精神障害者の落ち着きにも結びつくのではないか。ぼくはそんなふうに見ています。

 もちろん問題は多々起きます。いい日もあれば悪い日もある。でも当事者と彼らを取りまく人のみんなが精神障害に慣れていると、問題は悪化する前にどうにか治められることが多い。
 ヘールでは、精神障害者のために警察が出動したケースは、この20年間に2件しかなかったといいます。なにかといえばすぐ警察を呼ぶ社会とは、まったくちがう空気が漂っています。
(2023年4月25日)